哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑨哲也とカブトムシ その7

梅雨に入る前のころ、哲也は衣装ケースの前でドキドキしていた。

蛹が見られるかもしれないという期待。

今掘って大丈夫なのかという不安。

カブトムシをダメにしてしまったら、ものすごく後悔するだろう。

そもそもまだ蛹になってないかもしれない。

いろんな思いが哲也の心をかけめぐる。

しかし、写真でみたカブトムシのさなぎが頭から離れない。

実物が見たい!

この気持ちには抗えなかった。

哲也は新聞紙をしくと、その上に落ち菜や腐葉土をケースから取り出してのせていく。

いくらか掘ったところで、何か土が固い気がした。

「何かあるぞ?」

哲也は慎重になり、ばあちゃんに借りた移植ごてをその固いところにゆっくりとあてた。

そして少しずつ削る。

いくらかけずると、急にポコッと穴が開いた。

「空洞がある!」

小さな穴から覗いてみると・・・。

「さなぎだ!」

あの茶色のようなオレンジ色のような、なんともいえない独特の色。

写真で見たそれと同じ色だ。

そして、写真ではもちろん蛹はうごかないので、実際に動かないものと思い込んでいた哲也は思ったより動いていることに驚いた。

ただ、まだ全部は見れていない。

哲也は部屋を崩壊させないようにまたゆっくりとその穴を広げていった。

すると、さなぎの全身を見ることができた。

「すげー!」

感動した。本にあったように縦に入っている。

さらに哲也はそのまわりを探った。

するとまた固い部分があった。

同じように削っていくと、また蛹を発見した。

その作業を繰り返すと、結局5,6頭ほどのさなぎを見つけることができた。

さなぎが入った穴が、いくつも並んでいるようすは圧巻だった。

オスにはすでに立派なつのの部分があるし、メスはつのがない。

本でわかってはいたが、改めて蛹の段階でオスメスがしっかりわかれてるんだと納得した。

哲也は動き回るさなぎたちをずっとながめていた。

いくら見ててもあきないほど、さなぎは魅力的だった。

しかし、問題はちゃんと羽化するかどうか。

前年の幼虫は夏にきちんと羽化して出て来てくれた。

しかし、そのときは今回のようにさなぎの時期に掘り返したりしていない。

自分でしといてなんだが、そもそも部屋の上部に穴が開いて、全身丸見えの状態でちゃんと成虫になるのか疑問だった。しかしもう戻すことはできない。

哲也はそのままにして、毎日様子を観察した。

ある日、保育園から帰って見てみると・・・。

「羽化してる!」

なんと、オスが1頭羽化していた。

これも写真で見たのと同じだが、頭部は黒くて、つのにはまださなぎのからがついたまま。

そしてからだは白くて羽が飛び出ていた。

「やった!」

哲也は思わず叫んだ。それから数日のうちに、次々と羽化していた。

1頭のメスだけが羽化に失敗したらしく、前羽がしわしわのままかたまってて、羽を閉じることができない。

しかし、それ以外はちゃんとしたカブトムシとして羽化してきた。

哲也は2年連続でカブトムシの羽化を成功させたことに満足した。

もっといえば、カブトムシを育てるのはプロ級だと思った。

しかし、哲也にはまだ満ち足りないものがあった。

これまでつかまえたカブトムシは田中橋で夜、水銀灯に飛んできたのを拾っただけ。

そう、樹液に集まっているところをつかまえたわけではない。

このころ、哲也は近所の山の林道沿いの木でクワガタを発見したことはある。まあ。小さなコクワガタだが。

夜中や早朝にそこにいけばカブトムシもいるんじゃないだろうか?

しかし、夜中に山に行くのは(このころの哲也には)まだこわい。

そんなとき、数日ぶりに仕事から父が帰ってきた。

上機嫌でビールを飲んでいる。

これから3日ほど休みらしい。

哲也はカブトムシが羽化したのを喜んで報告した。

「そうかそうか。」

父もうれしそうに聞いてくれた。

哲也はおそるおそる言ってみた。

「夜に樹液見に行きたいんやけど・・・。」

父はそう言う哲也のほうを見た。

「場所どこか?」

父はクワガタとりとかしないので、その林道にクワガタがいることは知らない。

哲也はその場所を説明した。

「今日はもう飲んで眠たいけん、明日の夜連れて行っちゃろう。」

「ホント!?」

哲也はうれしかった。ついに夜の樹液のようすが見れる。

この日は明日が待ち遠しくてなかなか眠れなかった。

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