哲也はトンボが大好きだった。 素早く飛ぶもの。チョウチョのようにヒラヒラ飛ぶもの。 色が鮮やかなもの。大きいもの。小さいもの。 からだが細長いもの。太短いもの。 いろんな種類がある。 そして、哲也の住んでいた実家の畑にはたくさんの種類のトンボがやってくる。 近所には田んぼや用水路があるし、多々良川もある。 つまり産卵場所が近いということ。 それに、畑には作物や木々が生えていて、虫もたくさん飛んでくる。 トンボにとって餌場としても申し分なかったのだろう。 哲也はこれらをつかまえるのも、よくやる遊びの一つだった。 ちなみに、シオカラトンボやナツアカネ、アキアカネ、ウスバキトンボなどが常連であった。 しかし、時々ハグロトンボやコシアキトンボなどもきた。 さらに・・・。哲也の心を躍らせるトンボが! オニヤンマだ。トンボ全般好きだったがオニヤンマは別格! あの大きさ、重量感! そしてそのからだで素早い動き。 カンタンには網に入ってくれず、何度も取り逃がす。 うまくとれたときのうれしさときたら・・・。 とにかくオニヤンマはとれる確率が低い。 10回見て、2,3回とれればいいほうではないか? 先ほども書いたように、虫が多いウチの畑。 特にチョウはかなり来る。モンシロチョウをはじめ、タテハやアゲハ、シジミ、セセリ、ジャノメなどたくさん来る。 オニヤンマにとって良い狩場だったのだろう。 山に入らないとあまり見れないオニヤンマが普通に来る畑だった。 なので、オニヤンマを探す必要はない。とにかくとれる確率を上げたい。 そんなときに衝撃の現場を目撃した。 父の技だ。 ある日、父が畑のそばにある鶏小屋で、えさやりなんかをしているときに 哲也はトンボをつかまえようとしていた。 鶏小屋の近くの壁にオニヤンマがふととまった。 父は静かに近寄ると、シュッと腕をふった。 そしてそのまま哲也のほうに近づいてきた。 「ほら。」 手にはオニヤンマが。羽をつかまれたオニヤンマはブルブルとからだをふるわせている。 ありえない。網で追ってなかなかとれないオニヤンマを素手で・・・。 哲也は思わず叫んだ。 「なんで!?」 そういう哲也に父はニッと笑って 「ウデたい。」 と、丸太のように太い腕をたたいて見せた。 結局、その技については父はなにも語らなかった。 哲也は真似して何度かとまったトンボをとろうとしたが一度も成功しなかった。 そんなとき、あることをきっかけにオニヤンマを確実にとれる(はず)方法を思いついた。