トンボをつけた竿を持ち、ヒノキの枝に座る。 そして竿をゆっくりと出す。 オニヤンマのメスは元気よく飛び始める。 もちろん、あちこち行こうとするが、糸があるので自由には飛べない。 結果、半径2mほどの狭い範囲をグルグルまわっている。 哲也は息を殺してそのようすを眺めていた。 しばらくするとついにオニヤンマが現れた。 オスだろうか?メスだろうか? うまく誘引されるだろうか? そんな心配をよそに、現れたオニヤンマはすぐに反応した。 メスに向かって飛んでいく。 コイツがオスなら交尾をしかけるだろうし、メスならなわばり争いのため攻撃をするだろう。 メスの場合はとれる可能性が低い。 オスであってくれ!祈るような気持ちで彼らを見つめる。 やってきたオニヤンマは彼女のまわりをグルグルとまわった。 メスはそれを気にするふうでもなく、今までどおりの動きをしている。 そしてヤツは空中静止したかと思うと、メスの背後から飛びつく。 メスはそのまま飛び続けるが、糸ではばまれる。 ヤツはメスに追いついた。そして背後からメスの体をつかむ。 このとき確信した。これはオスだ! しかしあせってはいけない。 しっかり交尾態勢に入るまで待つ。 今竿を動かせば逃げていく。 哲也はぐっとこらえて、竿をにぎったままじっとしていた。 するとついに交尾行動をはじめた。 メスはオスとくっついたまま近くの細い枝にとまる。 そしてオスとメスは輪をつくるように完全にくっついた。 交尾成立だ。 「よし今だ!」 哲也はゆっくりと左手で竿を動かし右手で糸をつかんでたぐりよせた。 その瞬間、オスがメスのからだから離れそうになった。 シュッ! 哲也は素早く右手を動かして、オスの羽をつかんだ。 あのブルブルとした振動が手に伝わってくる。 「やった!成功だ!」 哲也の手にはオニヤンマがにぎられていた。 相手を失ったメスは糸につながれたまま、そのあたりを飛んでいる。 「でかい!」 オニヤンマをまじまじと見つめ、自然と笑みがこぼれた。 やりとげたという思いがある。 オニヤンマは哲也にとって、大好きなトンボであり、また素早く確実につかまえるのが難しい種であった。 その難攻不落のオニヤンマをあっさりと捕まえることができた方法は釣りだった。 虫取りは網でやるもの。そうした固定観念にとらわれないことが大事なのだと悟った。 もう1つ、難攻不落のトンボがいる。ギンヤンマだ。 あの鮮やかな緑色のボディ。旋回するスピードはオニヤンマ以上ではないだろうか? しかも、彼らはウチの畑にはほとんど来ない。 虫取りのため、少し山中に入ったときによく見る。 何度かチャレンジしたものの、つかまえたのはほんの数回。 哲也は、今度はこの方法でギンヤンマをとろうと思った。 いつかいこうと思いつつ、結局この方法をギンヤンマに試すことはなかった。…