それからもいろんな場所に行き、水生昆虫たちをつかまえたり観察したりした。
タイコウチもゲンゴロウもミズカマキリも、どれも大好きだった。
しかし、肝心のタガメは一向に見つからない。
いろんな情報を得て、出向いたりもしたが見つからなかった。
そのうち、タガメを追うことは忘れていた。
ある夏の日、哲也は新しくクワガタがとれる場所の情報を得て、そこに向かった。
そこは山の斜面に棚田が並び、そのあぜ道を通り抜けて林に入る場所だった。
その場所そのものは知らない場所ではなかったが、水田はマムシもよく出るし、またイノシシと遭遇する率も上がる。
まあ、怖いので探索しなかったんだが、現実そこにクワガタがよくいる木があると知れば行かないわけにはいかない。
哲也はカンカン照りだというのに長袖長ズボンに長靴という装備で、万が一マムシにあってもかまれないように気を付けて、その地に向かった。
棚田を前に
「この奥にいい場所があったのか・・・。」
と誰にともなく口にし、これまで探索しなかったことをもったいないと思った。
哲也はとにかく足元にマムシがいないか気を付けつつ、結構長く続く水田のあぜ道をゆっくりと進んだ。
手には網を持っている。
これは虫取りのためでもあるが、護身用でもある。
自分の先の草むらをかきわけることで、マムシの発見に役立つのだ。
棚田をぬけようとしたとき、なんかおかしなものが目に入った。
真っ白な腹を見せたカエルだ。
大きな落ち葉も見える。
最初、イネに枯れ葉とカエルの死骸がひっかかっているのかと思った。
しかし、なんかカエルの足が少しバタついてる気がした。
「生きてるのか?」
哲也は足をとめ、その場所を凝視した。
次の瞬間!哲也は大きな声を張り上げそうになり、はっと息をのんだ。
「枯れ葉じゃない!タガメだ!」
哲也は声を出さず、心の中で言った。
そして網を構えた。
これまで何度も図鑑を見て、憧れ、夢にまで見て
実物を見たい!手にしてみたい!
そう願った虫。
何度も何度も、いろんな場所に足を運び、結局見ることもかなわなかった虫。
もしかするとこのあたりには生息していないのでは?と思わせた虫。
難攻不落のタガメが、今まさに目の前にいる!
必ずつかまえなければならない。
このチャンスを逃したら、もう機会はないかもしれない。
いろんな思いが哲也の頭を駆け巡った。
哲也はゆっくりと網をかまえ、じわじわとタガメのそばに近づけた。
カエルを抱えているのは幸運!動きも鈍いだろうし、カエルをはなしたくはないだろう。
哲也は勝手に自分が有利だと思っていた。
あと50cm。
あと20cmほど距離をつめたら素早く振ると決めていた。
残り40cm。
そのとき、タガメがピクリと動いた。
「気づかれたか?」
焦った哲也はそこから素早く網を振り下ろした。
真っ白な腹を見せていたカエルが網に入る。
一瞬「やった!」と思った。
入ったと思った。
しかし、次の瞬間哲也は見た。
田んぼの底を泥けむりを上げながら素早く泳ぎ去るタガメの姿を。
「えっ?」
哲也は網の中を見た。
中には弱ったカエルが入っているだけだった。
「失敗した・・・。」
哲也は夢にまで見たタガメをほんの一瞬の焦りにより取り逃がした。
いや、タガメのエサを捨ててでも危険から身を守るという本能が素晴らしいというべきか。
それから哲也はクワガタ探しなどそっちのけで、田んぼ中を探し回った。しかしその姿を見ることはなかった。
それ以降、哲也はことあるごとにこの棚田に来てみて、クワガタとりのついでに田んぼをチェックするようにしたが、やはりタガメを見ることはなかった。
哲也は飼育品や展示品を除き、自然界でタガメを見たのはそれが最初で最後だった。
何度か購入して飼育することも考えたが、結局今までやっていない。
それは少年のころのあの日見た、あのタガメの姿をそのままの姿で記憶していたいという気持ちの表れなのかもしれない。