すさまじいカマキリの交尾・・・・。
まさに命がけの行為。
そんなおそろしくも神秘的な場面を見た哲也は
カゴに近づくたびに、その光景を思い出していた。
つい先日まで元気にオスが生きていたカゴ。
今はメスしかいない。
哲也が見ている間には、交尾は終わらなかった。
結構時間がかかるものらしい。
いつのまにかメスは自由に行動をはじめていたが、あのオスは首もカマもない、そしてさらに腹などの一部も食われた状態で地面に横たわっていた。
メスはそんなオスのことなど意に介さず、何事もなかったかのように、カゴの中の王者として存在感を高めていた。
ショックはあったものの、哲也はこれで終わりではないとわかっていた。
哲也の一番の目的は産卵。
その光景を見、ときどき野外で見たことのあるカマキリの卵が入ったあのあわを手に入れること。
これが達成できるまで終わりではない。
草原にエサをとりに行くが、バッタが少なくなってきた。
哲也はバッタ狙いからコオロギ狙いに変えて、採集をした。
コオロギは草の根の周りをチョロリョロするので取りにくいが、ちょっとしたくぼみや石の下などを巣のように使ってることが多く、そこを狙えばつかまえることができた。
鳴くことも、発見を容易にした。草も枯れ始め、地面を見やすくなっていたし。
そして、コオロギなどをつかまえてカゴに入れると、カマキリはそれらを食べていた。
もう10月になったころだったと思うが、産卵はいつだろう。
産みやすいように、棒をいくつか立てているが、気にいらないのだろうか?
次第に焦りを感じていた。
やはり飼育下で産卵させるのは難しいのか?
そう悩む日々だった。
そんなある日、学校から帰り、エサがいるかどうか確認しようとカゴの中を見た瞬間だった。
まさか!
カマキリは棒にさかさまにしがみついていた。
そしておしりからあのあわのようなものを出していた。
「産んでる!」
叫びたいのをこらえ、心の中で大声で叫ぶ。
哲也はそのまま観察を続けた。
すでに半分ほど終わってたんじゃないだろうか?
その後もあわを出して、ときどきとまっておしりを動かしている。
そしてしばらくするとときどき野外で見かける、あの形ができあがった。
ついにカマキリが産卵したのだ!
カマキリはかなり体力を消耗したのか、産み終わってからもそのまま棒にしがみついていた。
大丈夫か?と心配になったが、夜にはまた動いていたので安心して眠った。
次の日、カゴを見ると、カマキリはまだしっかりとカマを開いてポーズをとっていた。
まだコオロギを狙う元気があるのか?
そう思うとほっとした。
しかし、気になるのはコオロギは減っていないような気がしたことだ。
その次の日も、カマキリは生きてはいるが激しく動き回ることはない。
そしてコオロギは減ってる感じがしない。
その次の日・・・・。
学校から帰ると、地面に横たわっているカマキリを見た。
ついに死んでしまったようだ。
いろんな場面が思い起こされた。
なんか悲しかった。
どうしようもないさびしさがこみ上げる。
しかし、もう彼女はいない。
そして草原に行っても、代わりのカマキリをとることもできない。
もう冬は間近なのだ。
切ない感情はあったが、いろんな思い出ももらった。
そして産卵もしてくれた。
来春、彼女の子供たちに出会えることを期待して、哲也はそっとカゴを暗いところにしまった。