タマムシ・・・。
美しく輝くその虫・・・。
虫好きなら誰もが一度は手にしたいのではないだろうか?
図鑑を見て、タマムシを捕まえたいといつも思っていた少年がいた。
小さなころから虫取りばかりしていた哲也だが、なかなかその輝く姿にはお目にかかれなかった。
まだ保育園に通うころ、今も鮮明に覚えているのが飛んでいるタマムシの姿だ。
クワガタやカブトムシ、カミキリムシなどを狙い、よく近くの雑木林に通っていた。
保育園児ではあったが、山に入るのは怖くなかった。
もちろん、深いところはもう少し大きくなってから入り始めたが
雑木林のある林道沿いとか、道から少しだけ入ったところは、小さなころから虫取りの場だった。
ある日、いつものようにその雑木林のある林道を歩いていた時のことだ。
何かが飛んでると思い、見上げると緑色にキラキラ光る昆虫であった。
哲也は瞬時にそれが探し求めているタマムシとわかった。
「タマムシだ!」
叫びながら哲也は網をかまえ、そのタマムシを追った。
しかし、小さな哲也の届く範囲に降りてこない。
走って追いかけるが、距離も縮まらない。
そうこうしているうちにタマムシは林の中へと消えていった。
ほかにいないか?ときょろきょろしたが、そううまく見つかるはずもなく、
獲物を逃したショックで、がっくりして
予定のクワガタ採集もせず帰った。
そのことを父に話したら、
「そうか・・。」
と一言。それ以上何も言わなかった。
父はタマムシなど興味もないし、しかたないとは思ったが
やはりその反応はとてもさびしかった。
哲也の父はそのころはトラックの運転手として日本全国あちこち走り回っていた。
長距離運転手なので、数日帰ってこないとかが常だった。
そのため、父が帰ってきたときはうれしかったのを覚えている。
ある夏の日の夜。
珍しく父が家にいる日だった。
みんなで晩御飯を食べたあと、父は酒を買いに行くと言ってでかけた。
まあ、いつものことなのであまり気にはしていなかった。
しばらくすると父が帰ってきた。
「ほら。」
父は哲也に向かって手を差し出した。
その手には輝くものが・・・。
「えっ?タマムシ?」
「前、ほしいって言いよったろうが。」
「うん!ありがとう。」
なんでも、自動販売機によく虫が飛んできてて、ときどきタマムシを見ていたらしい。
いつもは見てもそのまま帰ってくるのだが、哲也の話を聞いてからは
ちょくちょくいないかチェックしていたらしい。
哲也は本当にうれしかった。
もちろん、あこがれのタマムシを手にしたこともうれしかったが
無関心と思っていた父が、そんなことを覚えてて、探してくれていたことが本当にうれしかった。
保育園の時手に入れたそのタマムシが生涯初のタマムシであった。
虫かごに入れて観察したりしたが
結局うまく飼うことができず、1週間ももたなかったと記憶しているが
それでも、毎日楽しかった。