哲也は目的の倒木の前に立っていた。
手には父にもらった少しだけさびついたナタがあった。
いつも使うので、少しさびてるそのナタを、父は哲也にくれた。
いちいち貸すのも面倒だったのかもしれない。
小屋にはほかにもナタがあるので、父はそっちを使うっていうのもあったのだろう。
さびはあるが、なかなかいいナタだった。
時々、父はそのナタを研いでくれた。
力のない哲也でも、充分に使えるようにと。
哲也は、目の前の倒木を見回し、割りやすそうなところを探した。
「ここからやってみよう。」
哲也はクワガタ幼虫を夢見て、ナタを下ろした。
カツンカツンとナタが木に当たる音が響く。
何も出ないのか?
そう思ったとき、少し空洞が見えた。
「穴があるぞ。」
倒木の中に穴がある場合、そこはなんらかの虫が掘ってできた可能性が高い。
そして、そうした穴はなんらかの昆虫が越冬している可能性が高い。
もし虫がいた場合、つぶしてしまわないように、哲也は慎重にその空洞の周りを割っていった。
うでがパンパンになってきた。
もううでが限界だと思ったとき、ボコッと大きな穴が現れ、黒いものが目に入った。
最初、越冬中のクワガタかと思い興奮した。
しかし、よく見ると・・・。
なんと!マイマイカブリの成虫が群がって越冬していたのだ。
見えてるだけでも4,5匹はいる。
「マイマイカブリだ!」
哲也はそう叫ぶと彼らのすむ空洞を、ナタで慎重に広げた。
なんと、総勢7匹のマイマイカブリが眠っていた。
冬眠中のマイマイカブリを見るのはこれが初めてだった。
「これだけいれば、オスメス必ず混じるだろうな・・・。」
哲也は一瞬そう考え、持ち帰ろうかと思った。
今度は累代飼育に成功するかもしれない。
しかし、やはりあのカタツムリ探しまくりの日々がどうしても面倒に感じた。
考えたあげく、哲也は彼らをそっとその穴にもどし、割れた木のかけらなどでおおって、そのままにしておいた。
以降も、クワガタの材割採集の際に、ときどきマイマイカブリを見つけることがあった。
つい最近も見つけたことがある。
しかし、もう持ち帰ることはしなかった。
なんとしてもつかまえたい!なんとしても育てたい!
そう思ったあのころが、今も懐かしくよみがえる。
もう飼育することはないかもしれないが、それでも彼らは間違いなく、哲也とともに過ごし、いろんなことを教えてくれた虫だったのだ。
その記憶は、これからもずっと残っていくことだろう。