そよそよと風が哲也の髪をなでる。
哲也はなかなか音が鳴らない鈴を、焦りと不満からうらめしそうに眺めた。
静かだ。ただただ静かだ。
車道から遠いわけではないが、なぜかほとんど車が通らず、人も来ない。
長い時間池にいると、なんらか魚が跳ねたりして音がするものだが、そんな音も入ってこない。
このまま永遠に静寂が続くのではないか?との錯覚にとらわれる。
ほんの少し前まで、釣れない状況を打破したいと、あれこれ策をめぐらせていたのに、なんかそれさえも面倒くさい。
少しふてくされたように、哲也はまた帽子を顔にのせ、鈴が目に入らないようにした。
そして目をつぶった。
そのうちうとうとしはじめていた。
チリンチリン。
かすかに鈴の音が鳴った気がした。
しかし音が小さすぎる。魚がかかったのならもっと大きな音がするだろう。
泳いでるマヌケな魚が糸にぶつかったんだろう。
そんなことを考えて、哲也は再び目を閉じた。
チリンチリン。
今度は間違いなく鳴った。さっきより大きな音だ。
哲也は慌てて体を起こすと、竿先の動きや鈴に注目した。
アタリかもしれないが、必ず魚が針を咥えるとは限らない。
慌ててリールを巻けば、針を飲む前にしかけを上げてしまうことになる。
吸い込み釣りの獲物は、もちろんコイの場合もあるが、正直確率は低い。
そのほとんどがフナである。
経験上、フナがかかった場合は次の2つのパターンが多い。
1つは鈴が鳴ったあと、ガチャガチャとさらに音を立てながら、竿を引っ張る場合。
この時はすぐにかかったとわかる。
もう1つは鈴が鳴ったあと、糸がだらんと張りを失い、鈴の音がとまる。
おそらく針にかかったあと、岸に向かって泳いだものと思われる。
哲也は竿先をじっとにらんでいた。
本日初のアタリかもしれない。
竿を引っ張るのか?糸がたるむのか?それとも針を咥え込まず、エサだけ堪能して逃げるのか?
哲也は待つしかない。
ただただ竿先をにらんだままの時間が続く。数分経っただろうか?
音はならない。
「ダメか・・・。」
哲也はあきらめたように、竿から目を逸らせた。
今日はダメは日なんだろう。
今のエサは投げ込んでまだ10分ほどだ。
えさが溶け落ちるまでおそらく30分かかるかかからないかくらいだろう。
哲也は時計を見た。
「よし、あと20分したら帰ろう。」
そう決めた瞬間!
ガチャン!
ものすごい音がした。