冬の間も哲也は時々気になってカゴの中をのぞいた。
まあ、何度見てもなんの変化もなかったが・・・。
そのうち春が来て、少しずつ暖かくなってきた。
冬にはよく気にしてのぞいていたカゴだが
むしろ暖かくなってからのほうが気にしなくなっていた。
ある日ふと思い出して、カゴの中をのぞいた。
しかし、なにも変化はなかった。
その日から気にするようになった。
家に帰ってきたら、とりあえずのぞくようにした。
何日か続けたころのことだ。
遠くからカゴを見ると、なんか網にたくさんの影が見えた。
「もしかして」
哲也は慌てて近寄り、カゴを見るとたいへんなことになっていた。
ものすごく小さなカマキリがたくさん!
数え切れなかったが何十匹もいた。
哲也は本の写真で見た「カマキリの赤ちゃんがかたまりのようになって外に出てくるようす」を見たかった。
しかし、それはかなわなかった。
もうすでに完全に孵化した幼虫が散り散りに、カゴの中を埋め尽くしていたのだ。
「こんなにたくさん育てられるのかなぁ・・・。」
心配したものの、やるしかないと思いエサやりの日々が始まった。
しかしこの時期、手軽につかまえられるバッタなどはほとんど見られない。
しかもカマキリも小さいので、小さなものをとらなければならなかった。
哲也は、庭や畑、近所の草原などから、小さい虫を見つけてはつかまえ、カゴに放り込んだ。
時々、それらを食べてる様子が見られ、安心した。
しかし、日が経つとあきらかに大きさに差がでてきはじめていた。
そしてなんとなく数も減ってきている気がした。
あるとき、帰宅して中を見ると・・・・。
「共食いしてる!」
ひとまわり大きくなったものが小さいヤツを食べていた。
減ってきた原因がわかった。
エサが足りないのか?
そう思い、一生懸命虫集めをした。
そんな努力の甲斐なく、数は減り続けた。
あるときは脱皮を始めたカマキリを見つけたが、脱皮してすぐのところをほかのカマキリに襲われ、そのまま食べられた。
やはり脱皮直後はからだが柔らかくて弱くて、格好の餌食になるらしい。
そのうち、大きさが4~5cmに到達するものがでてきた。
このころには10匹足らずにまで減っていた。
バッタも少しずつとれるようになり、それらを満足そうに食べる姿を見るとうれしかった。
この大きさになっても共食いは続き、結局秋ごろに成虫になったものは4匹だった。
その中の1匹はあきらかに大きく、他の3匹は少し小さめだった。
そう、その大きなものがメスだったのである。
メスがじっとしているところへ、1匹のオスが近づく。
交尾するのか?と思ったら、他のオスとけんかを始めた。
「すごい!取り合いだ!」
ガキッ!と音がするほどの激しい戦い。
そんな中、ひょうひょうと残った1匹がメスに近づき、そのまま交尾を始めた。
「うまく出し抜きやがった・・・。」
しかし、これはチャンスである。この交尾がうまくいけば、さらに第2世代も産ませられるかもしれない。
それには今戦ってるオスたちが邪魔しないかが心配だった。
そこで哲也は決断した。
カゴを開けると、交尾の邪魔をしないように、そーっと手を入れ、戦っているカマキリたちを取り出した。
せっかく何十もの中から生き残った大事なカマキリ・・・。
なんか愛着もある。
しかし、哲也は彼ら2匹をそのまま草むらに連れていった。
そしてそのまま野に放ち、
「バイバイ!」
と言って見送った。
彼らはそのまま茂みの中へ進んでいった。
そのうちの1匹が一度こちらを振り返った。
悲しかったが仕方ない。
哲也はその草むらを後にした。
結局、この出来事から何日か経って、また卵(正確には卵の入ったあわ)を見ることができた。
次の年の春、注意していたつもりだったが、やはり孵化直後を見ることはできず・・・・。
また、帰宅するとたくさんのカマキリの幼虫がうじゃうじゃいる状態だった。
今回も産卵まで・・・・。
そう思わなくはなかったが、前年あれだけいた幼虫が次々減り、最後は4匹になったことはどうしても哲也の中でやるせない気持ちにさせる内容だった。
哲也は飼いたい気持ちをグッとこらえて彼らを外に連れていった。
そして何か所かにわけて、草むらや田んぼのそばの土手、河原など、草が生い茂って、毎年バッタなどの昆虫を多く見る場所に逃がして回った。
彼らのうちの誰かが、立派な成虫となって、秋ごろ哲也の前に現れることを祈って・・・・・。