まだ小学校低学年だった哲也は、夜に外出することは許されてはいなかった。 しかし、セミは夜に羽化する。 あの幼虫も、本当はもっと遅い時間に出てくるはずだったのだろう。 そして夜なら、そうやって出てくる幼虫や、羽化するものを見ることができるかもしれない。 哲也はどうしてもセミの羽化を見たかった。 しかし、まずは家を抜け出すという難問がある。 さらには、昼でも薄暗い神社だ。 別にお化けなど信じちゃいなかったが、やはり怖い。 だが、どうしてもセミの羽化を見たいという欲求は抑えきれない。 哲也は意を決し、夜のための準備をした。 長袖長ズボン、それに懐中電灯を自分の部屋の隅に置いた。 夜中1時ごろ、哲也は目を開けた。 みんなが寝ていることを確認する。 それから音を立てないよう、部屋で長袖、長ズボンに着替えた。 懐中電灯を手に持つと、音を立てぬよう、玄関のドアをゆっくりと開け外に出た。 それから、わき目もふらず走って神社に向かった。 家が立ち並んでいるとはいえ、田舎である。 外灯は少ない。 いつも通る道だが妙に怖い。 それでも哲也は進んだ。そして神社へと続く細い道についた。 例の200段ほどある石段の前で上を見上げると、いつもは緑の草と長い石段と大きな鳥居が見えるのだが 今はどれも真っ暗でその色をほとんど確認できない。 吸い込まれそうな暗闇。懐中電灯の小さな光だけが頼りだ。 哲也は恐る恐る石段を上った。恐怖で足がガクガクと震えた。 それでも前に進むのは、セミの羽化を見たい一心だ。 ヘビやトカゲでもいるのだろう。時々両脇の草むらからガサガサ音がする。 そのたびに驚き帰りたくなったが、なんとか上までたどり着いた。 そして建物もほとんど見えない真っ暗な境内で、懐中電灯をあちこち照らしてみた。 すると、神社の柱でぼーっと明るく光るものが懐中電灯の光に映し出された。 哲也は慌ててその場所に懐中電灯を向けなおした。 「いた!」 誰もいない静寂の森の中、哲也が思わず上げた声が響く。 これまでの恐怖も、足のガクガクもいつの間にか消えていた。 セミの幼虫が柱にとまり、その背中が大きく割れ、その裂け目から蛍光塗料を塗ったような 白くて淡い緑色に光るからだが見えていた。 セミの羽化だ。 哲也はそれをじっと見つめた。しかし、なかなか進まない。かなり時間がかかりそうだ。 とりあえず位置は把握した。哲也はあたりを照らしてほかにいないか確認した。 すると、地面をはっている幼虫や、石垣を上る幼虫などが見つかった。 「すごい・・・。」 感動で声がかすれていた。 哲也はさらにあたりを見回した。 幼虫の殻からからだが半分以上出て、ほぼ90度反り返っているものがいた。 もうすぐ完全に脱皮するところのようだ。 「こうやって体をそらせながら出てくるのか。」 哲也はそう言いながら、その光景を見つめた。 これもまた時間がかかりそうだ。 さらに見回すと・・・。 なんと!全身が殻から抜け出て、殻の背中につかまっているものがいた。 羽はしわしわで短く、体は全体的に白くて、羽のスジの部分や、体の膨らんだ部分が薄緑に光っている。…









