哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑥セミのいる神社 その3

哲也はまたこの神社に来ていた。

少し日が落ち始めた時間帯・・・。

哲也が真昼間ではなく、夕方近いこの時間にここに来たのにはわけがあった。

カナカナカナッ

こんな鳴き声のセミをご存じだろうか?

そう、ヒグラシだ。

クマゼミ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ。

昼間に来ると、そのどれも捕まえたり、声を聴いたりすることができる。

まあ、ツクツクボウシは真夏より晩夏のほうが多いが・・・。

とにかく、ヒグラシは

全くいないことはないが

早朝や夕方のほうが鳴いてる率が高い。

この日、哲也はヒグラシの声を聞きながら

木の上で寝そべって、自然を満喫したいと思った。

あの独特の声は、何度聞いても耳に心地いい。

そのためいつもより遅めの時間にしたのだ。

神社に着くと、哲也の狙い通りヒグラシの声がする。

哲也はいつもの木に登り、いつもの場所に寝転んだ。

少し背中や後頭部に、でこぼこしたものが当たるが、それも今となっては慣れたのか心地いい。

ミンミンゼミやヒグラシの声を聞きながら、眠りかけたようだ。

「うわっ!」

哲也はバランスを崩して落ちそうになった。

なんとかこらえて、落下は免れたがやはり怖かった。

「バリこわかった!」

そういうと哲也は、目を覚まそうと木から下りて歩き回ることにした。

最初にも書いたが、ここはセミ以外にも昆虫はたくさんいる。

まずはアリジゴクを探して遊んだ。

彼らを引っ張り出すと、後ろ向きに進みながらあのすり鉢状の巣をつくるので、見てるだけで楽しかった。

ハンミョウやニワハンミョウなどがいると、それらを追っかけたりもした。

最近はセミばかり見て、上を見上げることが多かったが

この日は地面ばかり見ていた。

そのとき、ふと何かしら違和感を感じた。

「あそこの土になんかいる・・・。」

哲也は少し固い土の場所になんらかの気配を感じて、立ち上がり近寄った。

「あっ!セミの幼虫!」

セミの幼虫が土の中から出て来ていたのだ。

「スゲー!」

しかし、ここで疑問がわく。

これまで何度もここに来て、セミもたくさんいるのに

なぜ幼虫に出くわしたのが、これが初めてなんだ?

もっと出会っててもいいはず・・・。

そんなとき、哲也は図鑑のページを思い出した。

セミの羽化のようすを収めた写真は周りが真っ暗。

普通、夜に出てくるのでは?

コイツは勇み足で、たまたまこの時間に出てきたのかもしれない。

そいつはゆっくりと、土をかきわけるように外に出てこようとしていた。

大変そうだが、哲也が掘り出すわけにはいかない。

哲也は父からあることで教えられたことがあった。

それはクモの巣にかかったセミを逃がしたときのことだ。

「てっちゃんはセミがかわいそうやけん、逃がしたんやろう?」

「うん。だってたべられちゃうやん。」

「でも、食べれんかったクモはどうなる?巣だって時間かけてつくっとうとぜ。」

「・・・・。」

哲也は何も言えなかったのを覚えている。

生き物の世界にもそれぞれの立場があり、セミよりクモが悪いというのは、その人間の価値観である。

哲也はそのことを思い出し、必死に這い出すセミの幼虫を見つめた。

大変そうだからと、安易に手伝ってはいけないんだ。そう言い聞かせながら。

時間かかるのであとで見に行こうと、しばらく離れて違うところに行った。

時間が経って戻ると驚愕の事態が待っていた。

セミの幼虫には大きなゲジゲジが覆いかぶさっていた。

幼虫は足を動かしてはいるが、ほとんど進んでおらず、頭の一部はすでにかじられていた。

いつの間にかぎつけたのか・・・。

哲也は幼虫がこのあとどう行動するか見たかったが、それはかなわなかったのである。

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