哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ④枯れた松の木 その3

ある日、大好きなじいちゃんが倒れた。

そして入院となった。

じいちゃんはガンだった。

すごい手術が必要らしかった。

子供ながらに、怖いしじいちゃんがどこかに行ってしまいそうだし、不安だった。

そのため、松の木のところで遊ぶことが減った。

マツノキクイムシがいてもじいちゃんを呼ぶことはできない。

ばあちゃんは元気でこのころはまだ働きに出ていて忙しかったし

親父は長距離トラックの運転手で、数日に一度しか返ってこない。

哲也には母はいなかった。おば(父の妹)が同居していて実の親のように育ててもらった。

と、哲也の家庭はそんな感じだった。

話はそれたが、少し前までバリバリ働いてたじいちゃんが、体調をくずして家にいるようになってから、哲也はじいちゃんにいろいろ頼りっぱなしだった。

かわいがってくれ、ときには厳しいじいちゃんが大好きだった。

でもそのじいちゃんは、今は家におらず、病院にいる。

ときどき見舞いに行くが、それ以外は会えない。

難しい状態らしく、田舎の近所の病院ではなく、福岡市の病院だったので毎日行くわけにはいかなかった。

そんなじいちゃんに会えない生活にやっと慣れたころ・・・。

久しぶりに哲也はあの松の木に近づいた。

「あっ!」

哲也は思わず声を上げた。

クチキムシが数頭木の周りにいる。

そしてよく見ると、マツノキクイムシもたくさんいる。

葉はほとんどが茶色で緑色の葉が少ない。

クチキムシがいるということがどういうことか・・・・。

本でいろいろ見たり読んだりしたことで、まだ保育園児の哲也は理解した。

クチキムシはその名のとおり朽ち木で生活する。

つまり、この松が朽ち木認定されたということだ。

このことを、次のお見舞いで言わなければ・・・。

哲也はそう思っていた。

あるとき、ばあちゃんが哲也に言った。

「明日は病院に行くばい。じいちゃん手術やけん。」

「手術?」

「じいちゃん、病気治すために手術せないかんとよ。」

「そうなん?大丈夫なん?」

「手術がうまくいったら、元気になるけん。」

哲也はそれを聞いて安心した。

手術という言葉は、なんか怖かったがじいちゃんが治ると聞いてほっとした。

手術当日、ものすごい時間がかかった。

何時間かは覚えていないが、病院の待合室でずっとたいくつしながら

ばあちゃんと、父とおばとみんなで待ってたのを覚えている。

そして、手術中のランプが消えた。

中からお医者さんが出てきた。

説明のためばあちゃんと父が呼ばれた。おばは哲也のそばにいてくれた。

取り出したがん細胞を見せてくれるらしかったが、お医者さんは

「君は見たら夢に見るだろうから、おうちの人にだけ見せるね。」

そう言って、二人を連れて行った。

戻ってきたばあちゃんは涙を浮かべていた。

手術したが、あちこちに転移していて、もうこれ以上どうしようもないと。

結局その日はじいちゃんは目を開けることなく、話もすることもできずに帰宅した。

それからほどなくして、じいちゃんは家に帰ってきた。

最後は病院じゃなく、家がいいという本人の希望からだ。

よくわかってない哲也は、じいちゃんが帰ってくるのがうれしかった。

よくなったのかも?と思い、そういう発言をして、ばあちゃんを悲しませていたかもしれないと思うと、このころの自分をしかりつけたいくらいだ。

ただ、じいちゃんは帰ってきても弱々しく、ほとんど寝たままだった。

それでも哲也はじいちゃんに話しかけた。

松の木の状況も話した。

じいちゃんはうんうんとうなずくばかりで、それ以上はなにも言わなかった。

もう殺虫剤をもって出ていくこともなかった。

時々、近所の病院の先生が往診に来てくれていたのだが、先生が来る予定ではないある日・・・。

じいちゃんがばあちゃんに、

「医者を呼んでくれ。」

と言った。

その目はうつろで、子供の哲也にも覇気がないのが分かった。

このとき、哲也は小学1年生になっていた。つい先日ランドセル姿を披露し、喜ぶじいちゃんを見たばかりである。

哲也が小学生になったら運動会を見に行くというのが、じいちゃんの口癖だった。

あと何か月かすればその夢がかなう。

そんな中、じいちゃんは苦しそうに

「先生はまだか。先生はまだか。」

と繰り返した。その声はだんだん小さくなっている気がした。

「おじゃまします。」

先生が到着した。

ばあちゃんは出迎えに行った。

そのとき哲也はじいちゃんの目がゆっくりと閉じていくのを見た。

先生とばあちゃんが部屋に来た。

父とおばもいる。

このとき、じいちゃんの目は完全に閉じていた。

もう先生と呼ぶことはなかった。

先生は目に懐中電灯をあてたり、脈をとったりした。

しばらくいろいろやったあと、先生はぽつりと言った。

「ご臨終です。」

ばあちゃんが泣き崩れた。

父もおばも泣き始めた。

だが、意味の分からない哲也は泣くみんなを見て、不安そうにじいちゃんを見つめるだけだった。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *