哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑥セミのいる神社 その4

まだ小学校低学年だった哲也は、夜に外出することは許されてはいなかった。

しかし、セミは夜に羽化する。

あの幼虫も、本当はもっと遅い時間に出てくるはずだったのだろう。

そして夜なら、そうやって出てくる幼虫や、羽化するものを見ることができるかもしれない。

哲也はどうしてもセミの羽化を見たかった。

しかし、まずは家を抜け出すという難問がある。

さらには、昼でも薄暗い神社だ。

別にお化けなど信じちゃいなかったが、やはり怖い。

だが、どうしてもセミの羽化を見たいという欲求は抑えきれない。

哲也は意を決し、夜のための準備をした。

長袖長ズボン、それに懐中電灯を自分の部屋の隅に置いた。

夜中1時ごろ、哲也は目を開けた。

みんなが寝ていることを確認する。

それから音を立てないよう、部屋で長袖、長ズボンに着替えた。

懐中電灯を手に持つと、音を立てぬよう、玄関のドアをゆっくりと開け外に出た。

それから、わき目もふらず走って神社に向かった。

家が立ち並んでいるとはいえ、田舎である。

外灯は少ない。

いつも通る道だが妙に怖い。

それでも哲也は進んだ。そして神社へと続く細い道についた。

例の200段ほどある石段の前で上を見上げると、いつもは緑の草と長い石段と大きな鳥居が見えるのだが

今はどれも真っ暗でその色をほとんど確認できない。

吸い込まれそうな暗闇。懐中電灯の小さな光だけが頼りだ。

哲也は恐る恐る石段を上った。恐怖で足がガクガクと震えた。

それでも前に進むのは、セミの羽化を見たい一心だ。

ヘビやトカゲでもいるのだろう。時々両脇の草むらからガサガサ音がする。

そのたびに驚き帰りたくなったが、なんとか上までたどり着いた。

そして建物もほとんど見えない真っ暗な境内で、懐中電灯をあちこち照らしてみた。

すると、神社の柱でぼーっと明るく光るものが懐中電灯の光に映し出された。

哲也は慌ててその場所に懐中電灯を向けなおした。

「いた!」

誰もいない静寂の森の中、哲也が思わず上げた声が響く。

これまでの恐怖も、足のガクガクもいつの間にか消えていた。

セミの幼虫が柱にとまり、その背中が大きく割れ、その裂け目から蛍光塗料を塗ったような

白くて淡い緑色に光るからだが見えていた。

セミの羽化だ。

哲也はそれをじっと見つめた。しかし、なかなか進まない。かなり時間がかかりそうだ。

とりあえず位置は把握した。哲也はあたりを照らしてほかにいないか確認した。

すると、地面をはっている幼虫や、石垣を上る幼虫などが見つかった。

「すごい・・・。」

感動で声がかすれていた。

哲也はさらにあたりを見回した。

幼虫の殻からからだが半分以上出て、ほぼ90度反り返っているものがいた。

もうすぐ完全に脱皮するところのようだ。

「こうやって体をそらせながら出てくるのか。」

哲也はそう言いながら、その光景を見つめた。

これもまた時間がかかりそうだ。

さらに見回すと・・・。

なんと!全身が殻から抜け出て、殻の背中につかまっているものがいた。

羽はしわしわで短く、体は全体的に白くて、羽のスジの部分や、体の膨らんだ部分が薄緑に光っている。

「おおっ。」

哲也はその美しさに目を奪われた。本当に輝いているのだ。

それから、哲也はこれまで見つけた羽化中のセミたちを交互に見て回った。それぞれ少しずつ変化していく。

すごく面白い。

だが、あまり長い時間もいられない。誰にも気づかれないように家に戻らなければならない。

哲也は最後に見つけた全身が抜け出た羽がしわしわのやつを注視した。

大きさや形からアブラゼミのようだった。

いつのまにか、その羽が長くなっている。

何分経ったかとかわからなかったが、しばらくすると、羽が完全に伸びた。

ただ、体の色はまだ白いままで、彼はそのまま動こうとしない。

すごくきれいな状態だった。

このあと十分に乾くと、いつも見るあのアブラゼミの色になるのだろう。

哲也はすごく満足した。神秘的という言葉はこのためにあるのだと思った。

こんなドラマが、人知れず真夜中に行われているのだ。

哲也は感動で胸いっぱいだった。

「よし帰ろう。」

そう思ったとたん、周りの静寂と暗闇が哲也に恐怖心を与えた。

哲也は急いで帰った。

こうして哲也の初めての真夜中一人探検は終わった。

音もたてず家に入り、そーっと着替えて、ゆっくりと布団に入った。

なんとかばれずに済んだようだ。

この冒険の成功から、哲也は夜に抜け出すことをたまにするようになった。

果たして毎回うまくいくのか?それはまたのお話で。

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