哲也昆虫記 ~クワガタの章~ ①ノコギリクワガタ その1

哲也は昆虫が大好きで、クワガタはその中でも最も好きな昆虫であった。

図鑑を毎日のように穴が開くほど見ては

かれらが棲む山、かれらが集まる木々、かれらが育つ環境・・・。

そんな場面を夢見ては、なんとか見つけ出してつかまえたいと思っていた。

中でもノコギリクワガタは格別だった。

図鑑で見るたびにため息が出る。

大きく湾曲した大あごに、赤みを帯びた美しいからだ。

ぜひ手にしたい!

幼く、まだ山に入ったことのない哲也は

早く大きくなって、山に入って

このノコギリクワガタをなんとかつかまえたいと考えていたのだ。

同じノコギリクワガタでも、からだの大きさによってその形が異なる。

特に大あごの形がかなり変異する。

ノコギリクワガタの大きいもので、大あごの湾曲が強いものを”水牛”と呼んでいた。

これは地方名なのか、あちこちで言われてるのかはわからないが・・・。

とにかく、哲也の育った篠栗ではそう呼んでいた。

哲也が5歳になったころ、少しずつ山に遊びに行くようになった。

もちろん、むしとりのためだ。

実は近所の兄ちゃんから、小さい子でもクワガタがとれる場所を教えてもらっていた。

普通に車も通れるような道(とはいえ、ほとんど車が通らない場所だが)に沿って

大きなクヌギ1本と細くて背が低いクヌギが2本ならんだ場所だ。

哲也はそこに通うことで、コクワガタを何度か捕まえることに成功した。

すごくうれしかったが、ノコギリクワガタはとれない。

しかし、ある日まだ小学生にも満たない小さな哲也がクワガタを探していると、小学校高学年だろうか?

背が高い大きな男の子がやってきた。

彼は哲也に当たり前のように

「なんかおったか?」

と聞いてきた。

「コクワが2ひきおった。」

哲也はカゴを指さして見せた。

「よかったな。」

そういうと、その男の子は細い2本の木をけり始めた。

何事だ?と思っていると

なんと木からポロポロと何か落ちてくるではないか。

そしてそれらが落ちた場所を確認し、あっさりとノコギリクワガタを手にしたのだ。

「すごい・・・。」

哲也は思わず声を上げた。

水牛ではなかったが、男の子は無情にもそのノコギリクワガタをかごに入れると

そそくさと立ち去った。

なんともいえない悲しい気持ちになった。

彼が去って、ためしにその木をけってみるが、ビクともしない。

5歳の子供のケリがクヌギに通用するわけがないのだ。

結局は、低い位置で樹液が出ているところをチェックするしかなかった。

別の日・・・。

哲也の近所に住むY君が家にやってきた。

「てっちゃんあそぼー!」

外に出ると彼は虫かごをもっていた。

そしてそこには・・・。なんと大きなノコギリクワガタが入っているではないか!

「もしかして水牛!?」

聞くと、彼は得意そうに・・・

「良かろう?」

と言った。

聞けば、お父さんの知り合いがつかまえたとかで、くれたらしい。

すごくうらやましかった。そしてくやしかった。

Y君は仲はすごくよかったのだが、どちらかというと野球やおにごっこが好きで

むしとりはあまりやらない。

5歳のころなのでなおさらだ。

そんな彼とは違い、一人で山に入れて、一人で昆虫採集できる自分は彼よりすごいと思っていた。

現に、コクワガタではあるが、自分の力でクワガタを捕まえてくる5歳はそうはいないだろう。

しかし現実は、そうした努力してる者をあざ笑うかのように

たなボタで水牛を手に入れる者がいる。

こんな現実がなかなか受け入れられなかった。

しかし、自分の力では木をけれないし、自分の背の高さじゃ高いところを見ることもできない。

哲也のクワガタ採集はのっけから困難を極めることとなった。

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