ある日、哲也は川に魚とりにでかけた。
雨の影響か、いつも遊ぶところは少しにごっていて、さらにいつもより水が多く、流れも速かった。
さすがにそこに入って魚をとるのは怖かったので、おだやかな場所を求め、いつもの場所より下流の方へと歩いて向かった。
しかし、どこまで行っても川はいい状態ではない。
「ふう・・・。」
哲也は大きくため息をついた。
さすがに今日、魚をとるのは無理か・・・。
何せ、昨日はまあまあ雨が強かった。
この日は朝から晴れてはいたが、川がすぐに落ち着くわけもない。
しかたない。帰ろうか・・・。
引き返そうと思ったのだが、ふと川沿いにある木が気になった。
「あれはヤナギ?」
川沿いのアスファルト道路にはところどころガードレールがあった。
ガードレールの横は土手になっており、河原へとつながる。
今までそんな下流まで来たことがなかった哲也は、このヤナギの存在を知らなかった。
いつも山ではクヌギの木で採集をしている哲也だが、ヤナギに反応したのにはわけがあった。
哲也の自宅のそばに田中公園という小さな公園がある。
そこには桜やヤナギなどの木が何本か立っていた。
よく遊びに行く場所の一つだが、実は一度だけそのヤナギの木の樹皮の下で
もぐりこんでいたコクワガタをつかまえたことがあった。
河原のヤナギを見たとき、その光景が鮮明によみがえったのだ。
しかし、公園のヤナギと違い、そのヤナギは細くて背が低い。
太くて背が高い公園のヤナギと違って期待はできないだろう。
それでも、魚がとれない以上、なんらかの成果をあげなければならない。
哲也は、もう少しだけ歩き、そのヤナギの木の前に立った。
着いた瞬間、来てよかったと思った。
そのヤナギはそのときの哲也の目の高さまで
樹皮がめくれ、大小の穴があき、樹液も出ており、かっこうのクワガタの住処だったのだ。
しかも、目の前にすでにコクワガタがいる。
それが1頭や2頭じゃない。見えてるだけで5,6頭はいた。
「やった!すげー!」
哲也は歓喜の声を上げつつ、夢中になってクワガタを捕まえまくった。
虫かごを持ってきてなかったので、釣り具入れにほうりこんだ。
一通りとり終わり、ふぅと息をついた。
そのあとふと上を見上げると・・・。
「枝のあちこちにクワガタがいる!」
哲也はかなり興奮状態だった。
目の高さの樹液や、根元、樹皮の下からすでに10頭近いコクワガタをとっていた。
しかし、さらに枝に何匹もクワガタが見えるのだ。
哲也はまず網でとどく範囲のクワガタを網になんとか陥れた。
これでまた数頭追加だ。
でも、まだ見える。
ということで哲也はその木に登り始めた。
そして少し登った、足場が良いところでいったん登るのをやめ上を見上げた。
そのとき、1頭の少し大きめのクワガタが目に入った。
「のこぎりだ!」
哲也は興奮気味に叫んだ。
地面に立てかけておいた網をつかんでゆっくりと操作する。
そして枝の先端にじっとつかまっているノコギリクワガタの下に網を添えた。
それから網のふちでそいつを網に落ち込むように誘導した。
驚いたのか、そいつは足を縮めて落下した。
しかし、そのまま網に入ってくれた。
素晴らしい成果だ。
さらに別の枝の樹液でヒラタクワガタのメスをつかまえて、哲也は木から降りた。
確認するとそのノコギリクワガタは水牛ではなかったが、これまでつかまえてた小さな原歯型ではなく、中サイズの両歯型だった。
「やった!今までで一番でかいノコギリだ!」
水牛ではないとはいえ、自己最高記録のノコギリに、哲也は歓喜した。
今後この場所は、哲也がよく通う場所の一つとなる。
そしてヤナギにもクワガタがいることを鮮明に記憶させた場所でもある。