哲也昆虫記 ~クワガタの章~ ①ノコギリクワガタ その4

結局小1の夏、哲也は水牛を捕まえることはできなかった。

ただ、少々大きめのものはとれたし、満足もしていた。

そして来年の夏は必ず水牛をとる!と誓っていた。

長い冬が過ぎ、春が過ぎ、ついに夏がやってきた。

哲也は当然のごとく、クワガタとりにでかけた。

これまでにインプットした場所を順番に回るのが日課だ。

夏休みに入り、7月も終わりに差し掛かる暑い日・・・。

これまでコクワガタや小型のヒラタ・ノコギリと、昨年までと変わらない成果しかあげていなかった。

今ではまだ怖さは残るものの、だいぶ入るのに慣れてきた例のササのトンネルを抜けた先の太いクヌギの場所。

この日もそこを目指して、背の高いササの中をかき分けて進んだ。

そして、クヌギの木の周りのわずかな空間に出る。

樹液のむせかえるようなにおいがたちこめ、鼻をつく。

しかしいやなにおいではない。

いつものように正面には

コクワガタやシロテンハナムグリ、カナブンなどの常連が餌場を占領していた。

オオムラサキはじめ、チョウやガのなかまがもうしわけなさそうに、少し離れたところに陣取っている。

ムカデも見えるが、慣れっこの哲也にはさほど怖くはない。

哲也は洋々とコクワガタたちをつかんでかごに入れた。

この木では、ある種行動のパターンが決まってきていた。

まずは正面の樹液まわりをチェック。

次に根元の落ち葉をはぐる。

そして裏側をチェック。

最後に高いところを見上げ、網の届く範囲にいないか見回す。

この木は蹴ってもビクともしないし、背の高さまでには枝もないので今の哲也には登ることもできない。

というわけで、これらの工程を終えたら立ち去るのが常だ。

落ち葉をはぐるとヒラタクワガタのメスを手に入れた。

いよいよ木の裏側に回る。

実は、回ると簡単に書いているが、実際にはそう簡単でもない。

空間があるとはいえ、周りはササがぎっしりだ。

木に密着して回れば、樹液で服を汚したり、ムカデやケムシなどにやられる可能性もある。

網はいったん正面に置いておき、慎重に裏に回る。

なんとか裏に回り、改めて木を見て、哲也は絶句した。

「!」

驚きすぎて声が出ない。

数秒経ち、我に返ってから押し殺したような声で小さくうなった。

「やったぞ。とうとう見つけた・・・。」

本当は大声で叫びたかった。

しかし、気づかれて飛ばれたり、下に落下して見失うと大変だ。

そう、ヤツがいたのだ。

自分の目の高さより少し上。

手を伸ばせば届く位置。

小さなくぼみがあり、メスが頭をつっこんで樹液を吸っている。

そのメスにおおいかぶさるようなオスの姿があった。

そしてその姿はまぎれもなく、追い求めた水牛であった。

穴が開くほど本で見た、あの湾曲の鋭い大あご。

そして今までつかまえたものよりあきらかに大きなからだ。

圧倒的な存在感で、その場を支配していた。

哲也は声を押し殺し、ゆっくりと手を伸ばした。

そしてギュッっとその水牛をその手につかんだ!

このとき堰を切ったように、哲也の口からは歓喜の声が漏れた。

「やったー!水牛とった!」

雄たけびを上げ、哲也はそのノコギリクワガタをかごに入れた。

もちろん、そのあとメスの回収も怠らなかった。

こうしてついにノコギリクワガタの長歯型を手に入れることができたのだ。

それ以降、新しい場所を発見したり、体が大きくなって木を蹴れるようになったりで

水牛を捕まえる機会も増えていったが、やはり最初のえものは鮮明に哲也の心に残っている。

だが、哲也とノコギリクワガタの物語はこれで終わりではない。

時は過ぎ、小学4年生の終わりごろ

まだ夏までは遠い時期・・・。

冬が終わり春が来て、暖かくなり始めたころ、一つの転機となる出来事が起こる。

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