哲也は片手でなんとか竿を支え、仕掛け入れに手をかけた。
そして糸切ばさみをつかもうとした。
意を決したとはいえ、悔しくて涙が出る。
もう少し力があったら・・・。
そんなことを思いつつ、道具を探っているとまたコイがすごい速さで走り出した。
「うわぁ!」
手が離れそうになる。
慌てて竿を両手で持った。
とんでもないヒキだ。
糸を切ってあきらめることさえ許さないのか?
戦い始めた以上、最後まで相手をさせる気なのか?
はさみをとるどころではない。竿を持つのが精いっぱい。
まっすぐ沖へ走ったかと思うと、今度は右へ左へと動く。
腕が悲鳴を上げている。
「てっちゃーん!」
何か呼ばれた気がした。
しかし哲也は反応できない。コイとのファイトでそれどころではない。
声がしたほうに振り向くなどできないのだ。
ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、声の持ち主は駆け寄ってきた。
「どうしたん?」
声を聞いてまた涙が出た。
こんなことってある?
振り向かなくてもわかる。
釣り仲間のふみちゃんだ。
「とんでもないでかいのがかかってあげられない。」
そういうと、ふみちゃんは一緒に竿を支えてくれた。もう竿を立てることもできなかったのに、二人の力ならなんとか竿を立てることができた。
チャンスだ。哲也はがんばってリールを巻いた。
恐ろしい力だ。なかなか巻き取れない。
それどころか、ドラッグを強く締めているのに糸がじりじりと出ていく。
また絶望感が襲う。
しかし、今は一人じゃない。
ふみちゃんはよく一緒に釣りに行く仲間だ。
うでを競い合いながら釣りをするが、分は悪い。
3対7くらいの割合で大体勝負に負けている。
悔しいが、釣りのウデはふみちゃんのほうが上だ。
ただ、哲也同様からだが小さく力が強いわけではない。
それでもそんな彼が来たことは心強かった。
実はたまたまふみちゃんもこの三段池で釣りをしていたらしい。
ふみちゃんは一段目で釣っていたということだ。
三段池の二段目と三段目は細い道をはさんで隣接しているが、一段目だけ少し高台にある。
そのためお互い来ていることをしらなかったのだ。
一段目で釣ってたが、今日は成果が上がらず、場所を変えてみようと二段目に来たらしい。
そしたら哲也がいてこの状態だったというわけだ。
ふみちゃんが支えてくれる分、楽にはなったが野鯉は全然弱る気配がない。
でも哲也はそれまでほぼあきらめていたのに、今はうでがちぎれても釣り上げようと思っていた。
仲間の存在がこれほどまでに力をくれるとは・・・・。
本当にありがたかった。
がんばった甲斐があって、ゆっくりではあるがだんだんリールを巻けるようになってきた。
投げた距離がわかるように、10mごとに色分けされたラインを使っていた。
最初40mほど出ていたのだが、20mくらいまで巻き取ったようだ。
これはいけるかも。
心なしか、コイの走る強さも弱まっている気がする。
ジャンプを繰り返し、沖へと突っ走り、左右に動き回ったのだ。
いかに大きなコイでもさすがに体力を消耗したのか?
さっきの行動が最後の抵抗だったのか?
いずれにせよ、だんだんと巻き取りやすくなってきた。
距離がつまってくる。残り10m。
表層に出てきた魚影が見える。
改めてデカイ!
自分たちとあまりかわらないのではないかと思えるほどの存在感。
しかし、怖がっている場合ではない。
今は友がいる。そして彼もまた疲れているだろうに力をふりしぼって竿を支えてくれている。
泣き言を言ってる場合じゃないのだ。