ここはホントに人通りが少ない。
お遍路さんは車で広い道路を通り、ここより先の大きな駐車場にとめて歩くので、哲也のように自転車で来たり、徒歩で来る人が少ないからだ。
哲也はそれをいいことに、竿を置き竿にしたまま、少しこの周りを見て回ることにした。
ヤマメが泳ぐ姿を目の当たりにし、冷静さを欠いていたと思った哲也は、基本に立ち返り、この魚丸見えの場所以外にも、ヤマメが住み着く場所があるのではないか?と思った。
哲也はヤマメを見つけた橋から、少し上ってみたが、やはりお遍路さんが通る道につながっており、釣りに適した場所はなさそうであった。
何より橋の上流は、近くの宿のおじさんの持つ養殖場より上流となるので、ヤマメがいる可能性が低くなるだろう。
そこで、今度は橋から少し下流を見ようと思った。
最初に下らなかったのは、単純に橋から下はちょっと道がなくて行きづらいからである。
だが、逃げ出したヤマメがしばらく住み着き、雨などで流された場合、少し下流にいる可能性は高いだろう。
哲也は、少々大変なのを我慢して、橋から少し川を下った。
道がないので河原沿いを歩く。
大きなゴツゴツした石や岩があるので歩きづらい。
しかし、少し下ったところに小さな滝があった。
滝と言っても、落差は50cmほどの小さなものだ。
岩と岩の間に水流が集まり、そのあと一気に落ちる。
その滝のすぐ下は深くなっているらしく、透明な水をたたえるこの川の中で、唯一底がどうなっているか見ることができない。
水が落ちているところは常に真っ白に泡がたち、いっそう水中のようすが見えなくなっている。
哲也はここだ!と思った。
もし自分がヤマメなら・・・・。
この場所に隠れ住み、上から流れてくるエサを待つのではないか?
そう思った。
哲也はしばらくその場をじーっと見ていたが、急に思い立ったように、パッと立ち上がり、また大きな石がごろごろしている河原を上って端まで戻った。
置き竿を確認すると、ラッキーなことに、小さなヤマメがかかっていた。
これで6,7匹ほど確保した。
もうボウズではないし、戦利品として申し分ない数はとれたと思う。
というわけで、残り時間は1匹も釣れなくてもいいから、あの滝つぼで勝負したい。
哲也は荷物をいったんまとめると、今度は荷物を持った状態でさっきの河原を下っていくことにした。
自転車は置くところがないので、カギをかけてそのまま橋のそばの広いところに置いておく。
時間はすでに2時を過ぎていた。
帰る時間も考慮すると、まああと1~2時間ほどだろうか。
哲也はその残り少ない貴重な時間を、魚が確実に見える橋よりも、魚がいるかどうかさえわからない小さな滝で費やすことに決めたのだ。