釣りに関する本を読んでると、めちゃくちゃ釣りに行きたくなるし、すごい魚釣りたくなるし、いい道具がほしくなる・・・。
哲也はその本の中で、ナマズがルアーでも釣れることを知った。
ブラックバス釣りのため、いくつかルアーを手に入れた哲也ではあったが、残念ながらナマズの宝庫である多々良川でルアーを試すのはためらわれた。
そもそも川が大きくない。
今は護岸工事されているのかもしれないが、当時はほぼ手付かずの状態で、狭い範囲に草や石、岩、倒木などが散乱いている。
おそらくルアーを投げて、巻いてを繰り返すような動作はしづらいだろう。
本の中のナマズに、哲也はあこがれつつもあきらめるしかなかった。
まあ、ミミズもっていけば釣れるし、というのもあった。
ある日、父が運転手の仕事で佐賀の方に向かうことがあった。
前述のとおり、長距離の運転手をしていた父は、遠い県外までトラックを走らせ、数日帰ってこないということはザラだった。
しかし、時々日帰りの仕事もあった。
そんなときで、哲也が学校休みの時は、たまについていったものだった。
この日も哲也はついていくことにした。
父がトラックを運転し、遊びに行くわけでもないのになぜかついいてくのが好きだった。
なかなか会えないというのもあったし、何よりいろんな場所でいろんな発見をすることができた。
父が現場について、荷物の積み下ろしをしてる間は、哲也は一人である。
しかし、その作業場の近くは、海だったり林だったり川だったりと、結構自然豊かな場所が多かった。
そんな場所で一人で遊びまわって、父の作業を待つ。
これはこれで楽しい時間だった。
行きの道中、父といろんな話をするのも楽しかった。
まあ、帰りは大体疲れて寝るんだが・・・。
今回の目的地は佐賀の現場。
佐賀の現場は何度か行ったことあるが、今回は哲也が初めて行くところらしい。
哲也は楽しみで仕方なかった。
例によって、話しながら向かってるうちに、目的地に着いた。
哲也はトラックから降りるまえから、ワクワクが止まらなかった。
でかい!広い!
なんと、現場は佐賀と福岡の県境を流れる筑後川のそばだったのだ!
もちろん、釣りの道具を持ってきたりはしてないので、釣りしたりはできないが見て回るだけでも楽しそうだ。
河原には虫がいるだろうし、当然川にはいろんな生き物がいるだろう。
それにしてもでかい川だ。
哲也の家のそばの多々良川は、リール竿で投げると簡単に向こう岸まで飛ばせる幅しかない。
筑後川のスケールときたら・・・。
リールで対岸に?いやいや、半分も届かない!
すごい川幅だ。
哲也は河原を散策した。
バッタの仲間がたくさんいた。
それらを追うのも楽しかったが、せっかく川があるのに何も見れないのは寂しい。
しかし、岸から見ても深そうだしあまり魚を見ることはできない。
そのとき哲也はふと見上げて思いついた。
近くに橋がある。
「よし!あの橋に行って、上から見てみよう。」
哲也は駆け足で河原の土手を登り、道路に出て橋に向かった。
そして川を見下ろす。
「そうそう見えないか・・・。深そうだもんなぁ・・・。」
川が深いためか、底が見えない。ゆえに泳いでる魚がいるかどうかも見えない。
「ふうっ・・・。」
大きくため息をついた。残念だ。
そう思いつつ、とぼとぼとあきらめ加減で、そのまま橋を渡り切ろうとした。
かなり長い橋だ。
橋がもう少しで終わるというところで・・・。
「あれ?この辺浅い?」
見ると川の底が見えている。
そこにあるごろごろした石も見えている。
「見えるとこあるやん!」
哲也はしばらくそこをながめていた。
よく見ると、魚種まではわからないが
ハヤのような小さな魚がときどき光って見える。
「おお!やっぱ魚いるんや!」
哲也は興奮気味に声を上げた。
それからしばらく見ていた時・・・。
ものすごい大きな影が動いてきた。
哲也は息をのんだ。
叫びたいのをぐっとこらえる。
やってきたのはゆうゆうと泳ぐ大きなナマズだった。
めちゃくちゃでかい。
おそらく50cmくらいあるんじゃないだろうか?
多々良川では30cmを超えると超大物だった。
しかし、それをはるかに超えるサイズのナマズが普通に泳いでいるのだ。
哲也は欄干を握りしめ、ワナワナと震えていた。
しばらくするとそいつはいつのまにか深場へと消え去っていった。
今も心臓がバクバクなっている。
「バリでかい!あんなのが普通におると!?」
哲也は誰にともなく声を発した。
その興奮は収まるどころか、時間の経過とともに高まっていった。
哲也は荷物の積み下ろしを終え、戻ってきた父にさっそくそのことを話した。
興奮してしゃべるから、いろいろ支離滅裂だったかもしれない。
一通り話して、やっと気分が落ち着いてきた。
そのとき父は
「そうか。」
と一言だけ発した。
その反応がちょっと悲しかった。
哲也は帰宅するとすぐに自分の部屋に行き、ルアー釣りの本を取り出した。
ナマズがルアーをくわえ、釣りあげられてる写真を何度も何度も眺めた。
筑後川なら、この光景が自分のものに・・・。
そんなことを考えた。
しかし、筑後川は車で数時間かかる場所だ。
ひょいと自転車でってわけにはいかない。
どうしようもない哲也は、大ナマズを夢見るほかなかったのだ。