哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ①三段池の野鯉 その4

哲也は慌てて帽子を取り去ると、竿のほうを見た。

「やばい!」

竿が竿たてから抜けそうになり、竿先は水面についている。

哲也は急いで竿を握った。

もう少しで竿が池の中に引き込まれるところだった。

哲也は決して平らではない岸で、ごろごろころがる大きな石に足をとられながら、なんとか体勢を整えた。

直径5~60cmはあろうかという大きな岩の後ろに立ち、その岩で足を突っ張らせてふんばる。

そして竿を立てた。

その瞬間腕にグググググッとものすごい振動が伝わり、魚が走るのがわかる。

恐ろしいヒキの強さ。

これまで経験したことのない強さに、哲也は正直恐怖を感じていた。

そしてそれがコイだろうと思った。

それまでに20~40cmクラスの鯉を何度か釣ったことがある。

20cmや30cmクラスでも、コイはフナとは違い、強いヒキを楽しませてくれる。

40cmを超えたものがかかったときは、かなりの強さでグイグイと沖へと走られた。

そのときの記憶を鑑みても、圧倒的にそれらより力が強い。

今では考えられないほど、小学生のころの哲也は小さくやせこけていた。

当然非力だった。

竿をぐっと握りしめ、なんとか竿を立てるが、リールが巻けない。

どうすればいいんだ?

と考えた瞬間、ふと引っ張られる力が抜けた。

「バレた・・・。」

※バレる=かかった魚がはずれ、逃げられること。

そう思った瞬間、張りつめていたものが一気に抜けた。

竿を握る手の力も抜けた。

今までピンと張っていた糸がだらりとたるむ。

がっくりきたのと、恐怖から逃れた安心感とが入り混じった複雑な気持ちだった。

哲也はゆっくりとリールを巻いた。糸のたるみがだんだんとれてきた。

すると、なんか抵抗を感じた。

「あれ?なんか引っ張られた気がする・・・。」

そう口走ったと同時に、急激に糸がジグザグに動いた。

おそらく、いったん沖へと突っ走ったあと、今度は岸に向かってゆっくりと泳いだのだろう。

そのあと、リールを巻いたことでコイが引っ張られていることに気づき、ジグザグに動き出したのだ。

またあのすごい力が哲也の細腕を襲う。

「ダメだ!強すぎる!」

そんな絶望感の哲也に追い打ちをかけるように、獲物は水をドカーンと破裂させ、大きくジャンプした。

「でかい!」

とんでもない大きさだった。これまで釣ったコイたちの2倍はある。これを見てまた足がすくむ。

普通ならバシャンとかボチャンとか聞こえるんだろうが、このときの哲也の耳には確かにドカーンと聞こえた。

何かが爆発したかのような炸裂音。

また糸がたるむ。バレたかと思った瞬間またエラ洗いがくる。

もういいようにやられていた。

哲也はとにかく竿を立てて、魚が向かった方向に体の向きを変えるだけで精一杯。

岩の後ろでなかったら、竿ごと自分も水中にドボンだ。

うでがしびれる。

小学生の哲也には、もううでが限界だった。

これは勝てない・・・。

こんなチャンスは二度とないかもしれない。

しかし、残念ながら今の哲也にはどうすることもできない。

哲也は非力さに涙があふれてきた。

こんな大物をあきらめなければならないのか?

でも腕がもたないし、何より危険を感じる。

貴重な竿とリールをくれてやるわけにはいかない。

哲也の脳裏に浮かんだのは、糸を切るという選択肢だった。

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