哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ①三段池の野鯉 その7

「おーい。釣れるか?」

突然声がした。

振り向くと、通りがかったおじさんがこちらを見ている。

「助けてください。」

思わず哲也はそう答えた。

釣れるか?の問いに助けてくださいって・・・。

とはいうものの、このときの哲也に出せる声はこれだけだった。

何も考えず、大人が今そこにいることを認識し、自然と発した言葉だ。

おじさんはかけよってくると

「どうした?」

と話してくる。

「大きなコイがかかって、もう限界なんです。」

おじさんはすぐに哲也が持つ竿を支えた。

「おいちゃんが竿立てとくけん、ボウズはリール巻け。」

哲也はうんとうなずくとリールに手をかけた。

力はもう残ってなかったが、ものすごい安心感で満たされる。

「おいボウズ。」

今度はおじさんはふみちゃんに声をかけた。

「お前は網もってかまえとけ。」

「はい。」

そう言うとふみちゃんは網をかまえた。

本当に心強い。

竿を立てる。リールを巻く。網に魚を入れる。

本来ならこれらを一人でしないといけなかった。

これまでの状況から、このときの哲也の力ではこれは無理だった。

しかし今は助っ人が二人だ。役割までしっかり決まった。

瞬時にこんな采配をしたおじさんはすごい!と思った。

ただ、安心していいわけではない。

まだコイとの戦いは終わっていない。

哲也は握力を失った手で、再度力をふりしぼりリールを巻いた。

コイはまだ抵抗を見せるものの、重いだけで力が確実に弱まっている。

それでも今の哲也より充分強いが、体力充分かつ力持ちそうなおじさんの登場で状況は一変した。

哲也はとにかく巻いた。手はすべての指が真っ赤になっている。

それでもとにかく巻いた。

コイはついに水面に横向きになったまた寄ってきた。

やはりでかい!

だがさっきほど怖くはない。なにせこちらは3人いるのだ。

哲也は二人を信じ、そして自分を信じ最後まで巻いた。

ついに手が届く距離まで寄ってきた。

ふみちゃんが狙いをすましている。

前にも書いたが、ふみちゃんは釣り勝負で哲也より釣果が良いことが多い。最大の理由は哲也と違い器用だ。

いつも臨機応変に工夫して、哲也の一歩先をいく。

それにいつも歯がゆい思いもしてきた。釣りのたび今回も負けたと思いながら帰ることが多かった。

しかし、今はそんな彼が頼もしい。

哲也は信じてそのときを待った。

シュッと網を降る音がした。

「入った!」

ふみちゃんの声が響き渡る。

コイはその頭を情けなく網につっこんでいた。

さすがの大きさのため、しっぽははみ出していたが、なんとかきれいに収まっている。

「やったー!」

哲也は歓喜の声を上げた。

「よかったな!」

おじさんは哲也の頭をポンとたたいた。

「ありがとうございます!」

お礼を言うと、おじさんはにっこりして帰っていった。

「ありがとう。」

改めてふみちゃんにお礼を言った。

本当に今日は人に助けられた日だ。

自分一人では間違いなく逃げられていた。

タイミングよくふみちゃんが来てくれ、土壇場でおじさんが来てくれ

3人で勝ち取った野鯉との戦いの勝利!

哲也はくたくただったが、本当にうれしかった。満ち足りた気持ちに疲れた体も癒された。

戦いすんで、口で息をしながら横たわるコイにメジャーをあてる。

記録は78cmだった。哲也はその後も何度もコイを釣り上げたが、この記録が最大である。

小学生でカメラも持っておらず、魚拓のとりかたも知らなかった哲也は、大きな魚を釣ったら、ウロコ帳にウロコを貼っていた。このときのウロコは今も哲也のウロコ帳に残っている。

哲也はなんとかそのコイを袋に収め、自転車に積んで持ち帰った。

かなり不安定で、自転車こぐのは大変だった・・・。

途中、一緒に帰ったふみちゃんとも別れ、なんとか家に着いた。

哲也はほこらしげに、父に今回の獲物を見せる。

「おおっ!こりゃすごか!」

その声に哲也は報われた気がした。

父はそのコイを見るなり行動を起こした。

すぐに捌きはじめたのだ。

実は父は長距離の運転手にならなかったら、料理人になりたかったらしい。

すぐにアライにして、氷のうえにのせた

「ほら食え。」

さばきたてのコイのアライを辛子酢味噌で食べた。

「うまい!」

とりあえず二人でその場でかなり食べた。予想以上のおいしさだったからだ。

本当は今日助けてくれたふみちゃんとおじさんにも食べてもらいたかった。

さらに父はぶつぎりにして鯉こくにした。

もう晩御飯が楽しみでしかたなかった。

このころには、疲れも腕のしびれもなくなり、握力も戻っていた。

こうして哲也の戦いは幕を閉じた。

3人でつかみとった勝利と、父が作った料理の味は一生の宝物だ。

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