このコースを最初に選んだのにはわけがあった。
88か所もある霊場巡り。
それらは篠栗中にちらばっており、総移動距離はなかなかのものだ。
しかも、山中にあるものも多く、小学生で車を運転できない哲也にとってはなかなか大変な計画だ。
最初のコースはまず、家から一番遠いところ。
そして、そこがかなりの山奥で行くのはかなり大変。
それなのにその目的地周辺には88か所のうち2、3か所しか霊場がない。
道中数か所回る予定だが、それでも最も効率が悪いコースなのだ。
哲也は最初に苦労して、あとから楽する作戦をとった。
途中まで多々良川にそって登っていくが、ある地点から山のほうに向かう。
しばらく行くと、小さな川沿いを進むことになる。
これは多々良川に流れ込む支流の一つだ。
途中からかなり勾配がきつくなる。
ただ、すごくきれいな川なので見るだけでもいやされる。
ある地点で、以前釣りをしたことがあるが
本当に水がきれいで、オイカワやアブラハヤをたくさん釣った記憶がある。
「また今度釣りにでも来ようか・・・。」
などと言いながら哲也は前へと進む。
このころにはさすがに自転車は降りて押していた。
汗が吹き出す。
時々ばあちゃんが入れてくれた水筒のお茶を飲みながら進む。
しんどいが、準備してくれたばあちゃんを思うと元気が出た。
自宅から5kmほど進んだところだろうか。
ここで少しだけ大きな通りに出る。
ここからは峠になっていて、ひたすら登りだ。
めちゃくちゃきつい。
でも、帰りは相当楽だろう。
そう言い聞かせて進む。
この大きな通りを3kmほど進まなければならない。
息も絶え絶えに、必死に進み、ちょっと平らになったら自転車をこいで、また勾配がきつくなったら降りてを繰り返した。
もうしんどい・・・。
そう思っていると、小さな橋が見えた。木陰もある。
このあとは大通りからこの橋を渡って細い道へと入る。
少し広いスペースもあり、哲也は休憩しようと考えた。
11時を回っていたので、そろそろ腹も減ってきた。
「ここでご飯食べよう。」
哲也は自転車をとめ、荷物をおろした。
座り込んでおにぎりをほおばった。
ばあちゃん!ありがとう!
めっちゃおいしくて、思わず感謝した。
いつも哲也のわがままで、朝から苦労かけてるなぁと思うと申し訳なかった。
食べ終わり、また進もうと思ったが、ちょっと川が気になった。
哲也は橋の上から川をのぞきこんだ。
「えっ!?」
哲也は絶句した。こんな光景があり得るのか?
なんか現実か夢かわからなくなった。
その川は幅は6~7mといったところか。
そんなに広い川ではない。
そして浅い。
深いところでも30cmほどに見えた。
水がきれいで、底もはっきり見える。
そんな中、20cmにも満たない大きさの魚が何匹も泳いでいた。
その魚が問題なのだ。
上からではあったが、からだに見える大きな斑点。
間違いない。
「ヤマメだ!」
哲也はやっと我に返り、目の前の光景が現実であることを確認した。
篠栗にヤマメなんかいないはず。
そう思っていたのに、目の前にたくさんいる。
信じがたいが事実。
哲也はからだの奥でなにか湧き上がるものを感じた。
もちろんそれは
「釣りたい!」
という感情だった。
この日、参拝が目的だった哲也は、当然釣りや魚を捕る道具なんかは持ってきていない。
とりあえずこの場所をインプットし、目的地に向かった。
参拝を終えて、帰りにもここを通った。
やはりヤマメたちがいる。夢のような光景だ。
哲也は名残惜しさを感じつつ、この日は家に帰った。
もちろんそれからの哲也は
「あのヤマメをどう攻略するか?」
と常に考える毎日であった。