「じいちゃん!ちょっときて!」 哲也はじいちゃんを大声で呼んだ。 前にも書いたが、家のすぐそばに10m四方ほどの畑がある。 そこは哲也にとっては恰好の遊び場だった。 花や虫の観察はできるし、釣りに行くときはミミズ掘れるし。 そんな畑の隅に大人の背丈より少し高いくらいのあまり大きくない松の木があった。 その松の木は曲がりくねっていて、虫もあまり寄り付かないので 哲也にとっては遊びやすい木であった。 曲がってるのでカンタンに登ることもできるし、チクチクする葉っぱも遊びの材料になった。 根元付近にはサルノコシカケがはえていて、それに座ることもできた。 哲也はまだ保育園児だった。 いつものように遊んでいたのだが、黒くて5mmあるかないかくらいの小さな虫をたくさん発見した。 この木を大事にしているのはじいちゃんだった。 哲也は、普段虫があまりいない松の木に虫がいることをじいちゃんに伝えたかった。 そして何より、その虫が図鑑で見た覚えのある虫に似ていたのだ。 それはマツノキクイムシ。 小さな子供でもわかるそのネーミング。 そいつらがマツを食い荒らす害虫であることは、そのときの哲也にも容易に想像ができた。 「じいちゃーん!」 再び叫んだ。 「なんかい。」 じいちゃんは少し面倒そうに畑にやってきた。 「松の木に虫がついとう。」 「どんな虫や。」 哲也はその小さな虫たちを指さした。 老眼のじいちゃんには、目を凝らさないとわからないレベルの小さな虫だ。 「これがどした?」 じいちゃんは家の中でなにかしていたのだろう。 こんなことで呼ばれたということに、明らかにめんどうだという感じだった。 「これ、松の木食うやつっちゃ。このままじゃ枯れてしまうとよ。」 哲也は必死に訴えた。 「わかった。」 じいちゃんは殺虫剤をもってきて、そいつらにふりまいた。 「これで大丈夫。」 じいちゃんはまた家の中に戻っていった。 誤解のないように言っておくが、哲也はじいちゃんに嫌われていたわけではない。 むしろ、目に入れても痛くないほどかわいがられた。 いつもばあちゃんから「あまやかさんで。」と注意されていたほどだ。 そんなじいちゃんが、哲也は大好きだった。 だからこそ、大事にしている松の木を枯らされたくなかったのだ。