Category: 哲也昆虫記~ファーブルになりたかった少年~

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑨哲也とカブトムシ その7

梅雨に入る前のころ、哲也は衣装ケースの前でドキドキしていた。 蛹が見られるかもしれないという期待。 今掘って大丈夫なのかという不安。 カブトムシをダメにしてしまったら、ものすごく後悔するだろう。 そもそもまだ蛹になってないかもしれない。 いろんな思いが哲也の心をかけめぐる。 しかし、写真でみたカブトムシのさなぎが頭から離れない。 実物が見たい! この気持ちには抗えなかった。 哲也は新聞紙をしくと、その上に落ち菜や腐葉土をケースから取り出してのせていく。 いくらか掘ったところで、何か土が固い気がした。 「何かあるぞ?」 哲也は慎重になり、ばあちゃんに借りた移植ごてをその固いところにゆっくりとあてた。 そして少しずつ削る。 いくらかけずると、急にポコッと穴が開いた。 「空洞がある!」 小さな穴から覗いてみると・・・。 「さなぎだ!」 あの茶色のようなオレンジ色のような、なんともいえない独特の色。 写真で見たそれと同じ色だ。 そして、写真ではもちろん蛹はうごかないので、実際に動かないものと思い込んでいた哲也は思ったより動いていることに驚いた。 ただ、まだ全部は見れていない。 哲也は部屋を崩壊させないようにまたゆっくりとその穴を広げていった。 すると、さなぎの全身を見ることができた。 「すげー!」 感動した。本にあったように縦に入っている。 さらに哲也はそのまわりを探った。 するとまた固い部分があった。 同じように削っていくと、また蛹を発見した。 その作業を繰り返すと、結局5,6頭ほどのさなぎを見つけることができた。 さなぎが入った穴が、いくつも並んでいるようすは圧巻だった。 オスにはすでに立派なつのの部分があるし、メスはつのがない。 本でわかってはいたが、改めて蛹の段階でオスメスがしっかりわかれてるんだと納得した。 哲也は動き回るさなぎたちをずっとながめていた。 いくら見ててもあきないほど、さなぎは魅力的だった。 しかし、問題はちゃんと羽化するかどうか。 前年の幼虫は夏にきちんと羽化して出て来てくれた。 しかし、そのときは今回のようにさなぎの時期に掘り返したりしていない。 自分でしといてなんだが、そもそも部屋の上部に穴が開いて、全身丸見えの状態でちゃんと成虫になるのか疑問だった。しかしもう戻すことはできない。 哲也はそのままにして、毎日様子を観察した。 ある日、保育園から帰って見てみると・・・。 「羽化してる!」 なんと、オスが1頭羽化していた。 これも写真で見たのと同じだが、頭部は黒くて、つのにはまださなぎのからがついたまま。 そしてからだは白くて羽が飛び出ていた。 「やった!」 哲也は思わず叫んだ。それから数日のうちに、次々と羽化していた。 1頭のメスだけが羽化に失敗したらしく、前羽がしわしわのままかたまってて、羽を閉じることができない。 しかし、それ以外はちゃんとしたカブトムシとして羽化してきた。 哲也は2年連続でカブトムシの羽化を成功させたことに満足した。…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑨哲也とカブトムシ その6

うっとうしい梅雨の季節がきた。 5歳の哲也は、外に遊びに行ったり、虫取りしたりできないことで、うらめしそうに空を眺めた。 「晴れてほしいなぁ。」 哲也は山や川に行きたくてしかたなかった。 しょうがなく、哲也は図鑑に手をかけた。 昆虫の写真でも見て、気をまぎらわそうと思った。 カブトムシのページを見たとき、哲也は思い出した。 「そうだ!幼虫どうなったかな?」 冬以来放置していた衣装ケース。 哲也はおそるおそるそのフタを開けてみた。 すると 1頭のカブトムシが腐葉土から顔を出していた。 「カブトムシだ!」 この瞬間、5歳にして哲也はカブトムシの累代飼育に成功したのだ。 図鑑でしか見たことのなかった、憧れの昆虫の王様。 父に連れられ、田中橋で灯火採集を覚え、夢中になって飼育したカブトムシ。 それが今、冬を終えて、哲也の目の前に労することなく手に入ったのだ。 それからえさやりを開始。 数日のうちにカブトムシは増えていき、結局オスメス合わせて10頭ほど出てきたと思う。 また彼らが交尾、産卵し、その幼虫が育てば、来年もカブトムシが手に入る。 そんなことを考えていた。 ただ、哲也にはまだ心残りがあった。 図鑑ではカブトムシのさなぎや、羽化したての羽が白いものなどの写真がある。 哲也はそういうのを一切見ていないのだ。 どうしてもそれらを実物で見たい。 哲也は近所のにいちゃんの言葉を思い出す。 5月~6月は蛹になったり、羽化する時期だから、触ると死んでしまうというもの。 哲也はその言葉があったから、ずっと触らず、ある意味それを守ったおかげで累代飼育に成功したのだろう。 しかし、さなぎが見たい!という欲はハンパなかった。 どうしても見たい! 秋のはじめごろ、カブトムシたちが1頭、また1頭と死んでいく。 そんな中、腐葉土を掘ると、また卵や小さな幼虫が見つかった。 今年も産卵は成功しているようだ。 本によると、カブトムシの幼虫はまず部屋をつくりそこでさなぎになる準備をする。 そして脱皮後さなぎとなる。 1か月ほどで羽化し、からだが黒くなってかたくなったら地上に出てくるらしい。 今回最初のカブトムシを見たのは6月下旬だった。 ということは5月のおわり~6月のはじめにさなぎが見れるのではないかと予想した。 哲也はワクワクしながら、そのときを待つことにした。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑨哲也とカブトムシ その5

4歳になった哲也は、衣装ケースによるカブトムシの飼育を開始! 約10頭ものカブトムシがいて、交尾してるもの、ケンカしてるもの、もぐって寝てるもの、様々である。 いつも賑やかで見るのが楽しかった。 ただ、前述の通り、図鑑の絵のとおりにやった飼い方と違い、深く腐葉土を入れ、さらに衣装ケースという透明度の低いもので飼育していることもあり、いちいちフタを開けないと見れないのだが・・・。 まあ、そのころの哲也にはそんなことはどうでもよく、王者カブトムシがほんの中ではなく、現実に目の前にいることが楽しかった。 ある日、メスが腐葉土からはい出てくるところを見た。 今までもぐってたんだな? と思いつつ見ていると、なんと目の前でポロリと卵を落とした。 「卵産んだ!」 哲也は驚いた。なにせ、もぐった土の中ではなく、土の上に普通にポロリと産み落としたのだ。 「すげー!」 哲也は大喜びだった。 もしかして、中にはまだ産んでるんじゃないだろうか・・・。 哲也はがまんしきれず、腐葉土を少し掘ってみた。 すると・・・。 なんとさっき見たのと同じ卵がいくつか見えた。 「やったー!産んでる!」 思わず声を上げた。 さらに掘ると小さな幼虫が顔を出した。 「すげー!幼虫もいる!」 哲也は興奮していた。図鑑の中でしか見たことのないカブトムシの卵や幼虫が目の前にある。 少なくとも来年はカブトムシを手に入れられなくても、ここで手に入る。 そう思うとうれしくてたまらなかった。 例の近所のにいちゃんから注意を受けていたことがある。 幼虫はあまり触らずなるべくほおっておくこと。 ふんが目立った時だけ、土を取り換えること。 5~6月くらいになると蛹や成虫になる準備を始めるので土を掘らないこと。 という内容であった。 頭では理解しているが、ようすがすごく気になった。 卵はどのくらいあるのか。 無事に幼虫になっているのか。 幼虫は大きくなっているのか。 なんだかんだ言って、少しだけといいながら、ほぼ毎日掘り返していた。 そして少し大きめの幼虫が出てくるとまたうれしくなった! そんなこんなで、秋の終わりごろまでほぼ毎日掘り返していた。 そのうち寒い冬になり、いつしか哲也はそのケースを放置していた。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑨哲也とカブトムシ その3

カブトムシのオスとメス、コクワガタのメス、ノコギリクワガタのオスの4頭が虫かごに入った。 こんなにぎやかな状態は初めてだった。 毎日、見るのが楽しい。 ただ、やはりカブトムシが強く、クワガタたちはえさ場から追いやられ、肩身の狭い感じだった。 しかし、小さな哲也にはそんなところに気遣うこともなく 毎日エサやったり、ときどき手に乗せて楽しんだりした。 ある日、保育園から帰ると、カブトムシのオスとメスが止まり木で交尾していた。 図鑑でこれが交尾であることは知っていた。 そこで哲也は考えた。 もしかしてこれって卵産むんじゃないのか!? 図鑑や本を読み返し、カブトムシの産卵について再確認した。 交尾したあとにメスが卵を産むのは間違いない様だ。 ただ、この状態で産卵ができるのか? という問題があるのだが、若干3才ほどの哲也がそんなことを考えはしない。 交尾したから産むものだと思っていた。 ただ、図鑑の最後にある「カブトムシの飼い方」というページを見ると カブトムシのオスとメスを1頭ずつ入れて、ほかのカブトムシやほかの虫を入れないと書いてあった。 ケンカなどをして、産卵がうまくいかないらしい。 それを父に言うと、もう一つ虫かごを用意してくれるという。 知り合いの家で、もう子供が大きくなり、虫かごがいらなくなったらしい。 というわけで、父はその虫かごをもらってきてくれた。 その虫かごは、もともと持ってるものより少し大きかった。 哲也はこれまでの虫かごにクワガタたちを残し 大きな虫かごにカブトムシのつがいを入れた。 その日の夜、やけに騒がしいと思ったら、また交尾していた。 これならうまくいく! 哲也はそう思った。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑨哲也とカブトムシ その2

数日後、待ちに待った父の休みの日。 疲れてるだろうに、夜8時を過ぎたころ、父は哲也を外に連れていってくれた。 もちろん、田中橋の外灯下を見回るためだ。 着くと、昼にしか見たことのない田中橋が、暗闇の中なのに水銀灯に照らされ輝いていた。 未知の世界に哲也はものすごくワクワクしたのを覚えている。 哲也と父は橋の右と左に分かれ、それぞれチェックしながら向こう岸まで進み、帰りは反対側をお互いチェックするという方法をとった。 哲也にとってはこれが初の灯火採集。 歩き出すとすぐにガムシやコフキコガネが見つかる。 しかし、哲也はそれらをスルーした。 今回はカブトムシとクワガタ、そしてカミキリムシだけを持って帰ろうと決めていた。 父のほうが気になるが、とにかく目の前の道に集中した。 クワガタのメス! 哲也はコクワガタのメスを見つけた。人生初の灯火採集の戦利品である。もちろんこれはキープ。 さらに歩く。ツクツクボウシが目の前に落ちてくる。 つかまえるとギャーギャーうるさいのですぐに放す。 カマキリもいた。 このときの哲也はそんなこと考えなかったが、これは明かりに寄ってきたわけじゃなく、明かりに寄ってきた虫を狙うためにきたのだろう。 そうこうするうちに向こう岸についた。 ここで哲也は父と入れ替わって反対側の歩道を歩きだす。 そのとき、ブーンとかなり大きな音がした。 見上げると、水銀灯の明かりのところに何か大きなものが飛んでいる。 「カブトムシだ!」哲也は思わず叫んだ。 しかし高くてとても届かない。 父が反対側の歩道から哲也のもとにかけつけた。 父でも届かない高さだ。 しかし、父は焦らずにこう言った。 「そのうち目がくらんで落ちてくるけん、ほかのところ見て、あとでまた戻ってきんしゃい。」 そういうものなのか。 哲也は父がそういうので安心してまた歩道を歩き始めた。 最初の地点まで戻ってきたが、何も得られなかった。 哲也はさっきカブトムシが飛んでいた水銀灯を見てみた。 「何も飛んでない。」 もしかしてどこかへ行ってしまったのか・・・。 哲也は慌ててその水銀灯の下に戻った。 すると・・・。 「いた!カブトムシ!」 哲也はカブトムシの胸についているツノをしっかりとつかんだ。 カブトムシは足を回転させてもがいている。ものすごい力だ。 父が駆け寄ってくる。 「おお、とれたか!」 哲也が満足そうなのに、父も喜んでくれているようだった。 この日、カブトムシのオスとコクワガタのメス それと父が見つけていたノコギリクワガタの小さなオスの3頭をとることができた。 哲也はそれらを、カブトムシのメスが待つ虫かごに入れて飼育した。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑨哲也とカブトムシ その1

哲也にとって、カブトムシはものすごい存在だった。 強い!大きい!カッコいい! 少年なら誰しもが一度は憧れる・・・。 そんな虫がカブトムシではないかと思う。 小さなころから図鑑や本で昆虫のものばかり見ていた哲也にとって カブトムシは本当に憧れの虫だった。一度は手にしたい。 しかし、まだ3歳ほどだった哲也に、それを手に入れる術はなかった。 そんな中、急に本物のカブトムシと出会う機会が与えられた。 父が「ただいま」と家に帰ってきた。 いつものようにおかえりといいながら出迎える哲也に、父はいつになくにやにやとした顔を向けた。 いつもなら寄ってくる哲也を抱きかかえてくれるはずの両腕は背中に隠している。 不思議そうな顔をしている哲也の目の前に、父は缶の箱を差し出した。 お菓子か何かかと思ったが、よく見るとふたにキリのようなものでいくつか穴があけられていた。 そして、なんかガサガサ音がする。 「あけてごらん。」 哲也は父に言われるがまま、何かわからないうちにふたを開けた。 「うわー!」 思わず声を上げた。 そこにはオガがいくらか敷かれ、その上にスイカの皮と一緒にカブトムシのメスが1頭入っていた。 「すごい!カブトムシやん!どうしたん?」 「田中橋で拾ってきたったい。」 父は得意げに言った。 「ありがとう!」 メスではあったが、本物のカブトムシが目の前にいる。 あの図鑑の写真でしか見たことのなかったカブトムシが、そこにいてさわれるのだ。 嬉しくてたまらなかった。 しかし、疑問が残る。田中橋?橋の上で拾う? どういうことだろうか? ※田中橋=哲也の実家の近くを流れる多々良川にかかる小さな橋の一つ。水生昆虫編参照 哲也は父に尋ねた。 「なんでカブトムシが山じゃなくて橋におると?」 父はこう言った。 「虫は夜に明かりに集まるったい。それも橋の電灯に飛んできたとよ。」 そういえば、昆虫の本に夜に外灯に集まる虫たちがいることが書いてあった。 しかし、本当にいるとは・・・。 「たまたまメスやったばってん、オスもくるときあるっちゃなかろうか。」 父はそういうと、 「今度の夜、一緒に見に行ってみるか?」 と言ってくれた。 「うん!」 この申し出に哲也が断わるわけがない。 ただ、哲也の父は前にも書いたが、このころ長距離トラックの運転手をしていた。仕事に出ると大体3、4日帰ってこないことが多かったので、出かけるのは次に父が休みの時ということになった。 その日、哲也はカブトムシが気になってなかなか眠れなかった。何度もふたを開けて観察した。 そのうち、どうしてもオスがほしいと思った。

予告編! 哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ 次は待望のカブトムシ編!

画像はオニクワガタです。内容とは関係ありません。 つい最近羽化したので載せました。 さて、少し連載を休止していた哲也昆虫記。 素人のため、絵がなかなか描けずに進んでませんが だいぶ構想が出来上がったので、来週から再開します! そして、次の題材は・・・。 哲也と昆虫を結び付けた原点ともいえるカブトムシ編です。 もちろん、子供のころ大好きな虫でしたが、今もクワガタと並び大好きな虫です。 思い入れもあるカブトムシ編ついに開幕! 哲也とカブトムシの関係を綴る感動の巨編! ぜひご期待ください!

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑧水生昆虫の王者タガメ その5

それからもいろんな場所に行き、水生昆虫たちをつかまえたり観察したりした。 タイコウチもゲンゴロウもミズカマキリも、どれも大好きだった。 しかし、肝心のタガメは一向に見つからない。 いろんな情報を得て、出向いたりもしたが見つからなかった。 そのうち、タガメを追うことは忘れていた。 ある夏の日、哲也は新しくクワガタがとれる場所の情報を得て、そこに向かった。 そこは山の斜面に棚田が並び、そのあぜ道を通り抜けて林に入る場所だった。 その場所そのものは知らない場所ではなかったが、水田はマムシもよく出るし、またイノシシと遭遇する率も上がる。 まあ、怖いので探索しなかったんだが、現実そこにクワガタがよくいる木があると知れば行かないわけにはいかない。 哲也はカンカン照りだというのに長袖長ズボンに長靴という装備で、万が一マムシにあってもかまれないように気を付けて、その地に向かった。 棚田を前に 「この奥にいい場所があったのか・・・。」 と誰にともなく口にし、これまで探索しなかったことをもったいないと思った。 哲也はとにかく足元にマムシがいないか気を付けつつ、結構長く続く水田のあぜ道をゆっくりと進んだ。 手には網を持っている。 これは虫取りのためでもあるが、護身用でもある。 自分の先の草むらをかきわけることで、マムシの発見に役立つのだ。 棚田をぬけようとしたとき、なんかおかしなものが目に入った。 真っ白な腹を見せたカエルだ。 大きな落ち葉も見える。 最初、イネに枯れ葉とカエルの死骸がひっかかっているのかと思った。 しかし、なんかカエルの足が少しバタついてる気がした。 「生きてるのか?」 哲也は足をとめ、その場所を凝視した。 次の瞬間!哲也は大きな声を張り上げそうになり、はっと息をのんだ。 「枯れ葉じゃない!タガメだ!」 哲也は声を出さず、心の中で言った。 そして網を構えた。 これまで何度も図鑑を見て、憧れ、夢にまで見て 実物を見たい!手にしてみたい! そう願った虫。 何度も何度も、いろんな場所に足を運び、結局見ることもかなわなかった虫。 もしかするとこのあたりには生息していないのでは?と思わせた虫。 難攻不落のタガメが、今まさに目の前にいる! 必ずつかまえなければならない。 このチャンスを逃したら、もう機会はないかもしれない。 いろんな思いが哲也の頭を駆け巡った。 哲也はゆっくりと網をかまえ、じわじわとタガメのそばに近づけた。 カエルを抱えているのは幸運!動きも鈍いだろうし、カエルをはなしたくはないだろう。 哲也は勝手に自分が有利だと思っていた。 あと50cm。 あと20cmほど距離をつめたら素早く振ると決めていた。 残り40cm。 そのとき、タガメがピクリと動いた。 「気づかれたか?」 焦った哲也はそこから素早く網を振り下ろした。 真っ白な腹を見せていたカエルが網に入る。 一瞬「やった!」と思った。 入ったと思った。 しかし、次の瞬間哲也は見た。…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑧水生昆虫の王者タガメ その4

ある日、哲也は友達のふみちゃんと釣りにでかけた。 ふみちゃんは釣りが好きで、虫が好きというまさに哲也と同じ趣味のなかまで、よくいっしょに虫取りや魚釣りに行く仲だった。 その釣りの最中、いろんな話をしながら釣りをするのだが、たまたまゲンゴロウの話題が出た。 「多々良川でシマゲンゴロウはおるんやけど、ゲンゴロウ見たことないっちゃんね。」 「えっ、いっぱいおるとこあるよ。」 「ほんと!?」 哲也は耳を疑った。いや、ゲンゴロウだよ。あれだけ水生昆虫探しまくったボクが、一度も見てないゲンゴロウが、しかもいっぱい? 「どこにおると?」 ふみちゃんは今度一緒に行こうと言ってくれた。 約束の日、網と虫かごをもって、ふみちゃんを呼びに行った。 その場所まではそれほど遠くはないという。 そこは田んぼに囲まれた場所で、田んぼの周りには小さな水路や、大きめの水路がいくつかあるのだが、それら水路の水が流れ込む深いコンクリートで囲まれたため池があった。 ふみちゃんが言うには 「この溝にもおるし、このため池にもおるよ。時々死んだ魚に群がっとうよ。」 マジか!そんな場所が意外と近くにあったとは・・・。 哲也はふみちゃんに案内されながら、その水路やため池をチェックすることにした。 すると・・・。 すぐに見つかった。 「おった!」 水草の間をゆうゆうと泳ぐゲンゴロウが見えた。 水深30cmほど、幅50cmほどの小さな水路だが、そんなところに普通にいた。 哲也は網でガサガサすると、あっという間にとることができた。 さらに歩き、幅1mほど、水深70cmほどの大きめの水路にもいた。 ふみちゃんの言った通り、たくさんいるようだ。 ボクは何度も探して見つけられず、レアだと思ってたゲンゴロウだが ふみちゃんにとってはありふれた虫でいつでも見れるということで、特に気にもとめてなかったらしい。 なんかちょっとふみちゃんが、とてもすごいやつだと思った。 この日、哲也は何度もゲンゴロウを見ることができ、しかも5匹のゲンゴロウをつかまえることができた。 大満足だった。 哲也はふみちゃんにお礼をいうと、帰って水槽にそのゲンゴロウたちを入れた。 いろいろ与えると、結構いろんなものを食べた。 バッタやコオロギもたべるし、いりこも食べた。 オタマジャクシも食べた。 生きてるものも死んでるものも食べるので、結構楽だった。 ただ、交尾は確認したが、産卵などは見られなかった。環境がよくなかったのだろう。 そのうち、1匹ずつ減り、死んでしまった。 累代飼育はできなかったが、深緑に輝き、毛の生えた足で水をかきながら力強く泳ぐゲンゴロウを捕まえて、飼育できたことは哲也にとってとても楽しいものだった。 その後も時々、ゲンゴロウが見たくなったらその場所を訪れた。この場所が哲也にとって憩いの場所だったことは言うまでもない。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑧水生昆虫の王者タガメ その3

哲也はある日、また多々良川に来ていた。 この日は実はある情報を得て、その実践のためにやってきたのだ。 哲也は昆虫のみならず、魚も大好きだった。 ある情報とはヨツメ(オヤニラミ)がいるというものだった。 実は哲也もこれには思い当たるふしがあった。 魚釣りをしているときに、フナでもハヤでもない、体高の高いちょっとかわった魚を見かけたのだ。 そのころはヨツメというのを知らなかったので、なんか珍しいのがいると思ってたのだが・・・。 で、そのヨツメをよく見るという場所を教えてもらったのだ。 そこは河原に葦がびっしり生え、水の中にも草がたくさん生えていて、その間に隠れてるらしい。 そこで、哲也は釣りよりも網でその草むらをガサガサやるのがよいのでは?と思い、この日実行しに来たのだ。 で、葦の茂る川岸付近と反対側の岸に降り立ち、靴を脱ぐと網をかまえてザブザブと対岸の葦のほうへ向かった。 深いところでもももぐらいまでだし、大きな石が点在しているので、流されることはない。 哲也は葦の手前で、忍び足に切り替え近づいて行った。 そしてガサガサするために網を入れようと思った瞬間、哲也は何か違和感を感じその手をとめた。 「なんだ?草にオタマジャクシがひっかかってる?」 葦の群れのすぐ前にはハスの葉が浮き、オオカナダモがしげっていたが、なんかおかしなかっこうのオタマジャクシが目に入ったのだ。 よーく見ると、なんと! 「ミズカマキリだ!」 哲也は我を忘れていた。ヨツメのことはもう頭にはなかった。 急いでその網でオタマジャクシごとそいつがいるあたりをすくいあげた。 オオカナダモも網に入り、一気に網が重くなる。 哲也はそのまま網を自分の方にたぐりよせた。 そしてすぐに中を確認した。 「とれた!」 ミズカマキリをついにとらえた! 哲也が見たいと思っていた4種の昆虫。コオイムシに続きミズカマキリを見ることができた。 哲也はそのミズカマキリを持ち帰った。そして水槽に入れ、オタマジャクシやメダカをエサに、しばらく飼育した。 これもあまり長生きはしなかったが、楽しい日々を過ごせた。 余談だが、これよりしばらくあと、ヨツメがよくいる淵を見つけ、何度も釣ることに成功した。 ヨツメはいさえすれば、警戒心もうすく、ミミズなんかをたらせば、簡単にくいつく。 大きな魚でもないので、あっという間に釣り上げることができる。 ちなみにミズカマキリはこのあとも何度かつかまえることに成功した。 この川には田中橋という橋がかかっていたのだが、その橋は小さな橋なのに立派な水銀灯が何本かたてられていて、灯火採集にはもってこいの場所だった。クワガタやカブトムシもとれたし、コフキコガネやカミキリムシ、セミなんかもよくとれた。ガムシのような水生昆虫もよく飛んできていた。そんな中、一度だけミズカマキリが飛来していたことがあった。何度かつかまえたが、それでもミズカマキリはあこがれの虫の一種だ。