Category: 哲也昆虫記~ファーブルになりたかった少年~

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑥セミのいる神社 その3

哲也はまたこの神社に来ていた。 少し日が落ち始めた時間帯・・・。 哲也が真昼間ではなく、夕方近いこの時間にここに来たのにはわけがあった。 カナカナカナッ こんな鳴き声のセミをご存じだろうか? そう、ヒグラシだ。 クマゼミ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ。 昼間に来ると、そのどれも捕まえたり、声を聴いたりすることができる。 まあ、ツクツクボウシは真夏より晩夏のほうが多いが・・・。 とにかく、ヒグラシは 全くいないことはないが 早朝や夕方のほうが鳴いてる率が高い。 この日、哲也はヒグラシの声を聞きながら 木の上で寝そべって、自然を満喫したいと思った。 あの独特の声は、何度聞いても耳に心地いい。 そのためいつもより遅めの時間にしたのだ。 神社に着くと、哲也の狙い通りヒグラシの声がする。 哲也はいつもの木に登り、いつもの場所に寝転んだ。 少し背中や後頭部に、でこぼこしたものが当たるが、それも今となっては慣れたのか心地いい。 ミンミンゼミやヒグラシの声を聞きながら、眠りかけたようだ。 「うわっ!」 哲也はバランスを崩して落ちそうになった。 なんとかこらえて、落下は免れたがやはり怖かった。 「バリこわかった!」 そういうと哲也は、目を覚まそうと木から下りて歩き回ることにした。 最初にも書いたが、ここはセミ以外にも昆虫はたくさんいる。 まずはアリジゴクを探して遊んだ。 彼らを引っ張り出すと、後ろ向きに進みながらあのすり鉢状の巣をつくるので、見てるだけで楽しかった。 ハンミョウやニワハンミョウなどがいると、それらを追っかけたりもした。 最近はセミばかり見て、上を見上げることが多かったが この日は地面ばかり見ていた。 そのとき、ふと何かしら違和感を感じた。 「あそこの土になんかいる・・・。」 哲也は少し固い土の場所になんらかの気配を感じて、立ち上がり近寄った。 「あっ!セミの幼虫!」 セミの幼虫が土の中から出て来ていたのだ。 「スゲー!」 しかし、ここで疑問がわく。 これまで何度もここに来て、セミもたくさんいるのに なぜ幼虫に出くわしたのが、これが初めてなんだ? もっと出会っててもいいはず・・・。 そんなとき、哲也は図鑑のページを思い出した。 セミの羽化のようすを収めた写真は周りが真っ暗。 普通、夜に出てくるのでは? コイツは勇み足で、たまたまこの時間に出てきたのかもしれない。 そいつはゆっくりと、土をかきわけるように外に出てこようとしていた。 大変そうだが、哲也が掘り出すわけにはいかない。 哲也は父からあることで教えられたことがあった。 それはクモの巣にかかったセミを逃がしたときのことだ。 「てっちゃんはセミがかわいそうやけん、逃がしたんやろう?」…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑥せみのいる神社 その2

哲也はこの神社で様々な楽しみ方を発見した。 まず、いろんなセミのオス、メスをつかまえて見比べるのをさんざんやった。 オスは鳴くがメスは鳴かない。 これについては、自分を含め、周りの子たちもほとんど知ってる事実だ。 しかし、それ以外に違いはないか? で、つかんでいろんな角度から見てみる。 そして裏側を見たときに感動した。 オスには大きな弁があり、メスはない、もしくはかなり小さい。 それが間違いではないか、何匹も見比べて確かめ、オスだけが大きな弁をもつことを確認した。 さらに、オスをつかんでいると、当然ギーギーとさわぐのだが、そのときその弁がふるえてることもわかった。 「おもしれぇ!」 ふるえる弁を見て、哲也はそう思った。 どの種もそうなるか確認したりした。 どれも弁は声を出すときふるえていた。 震えている弁をおさえると、音が出にくくなったり小さくなったりした。 記憶では完全にとめるのはできなかったと思うが、もう覚えていない。 それと、弁の形や色が結構、種類によって違うこともわかった。 もしかすると、弁の形によって出る音が変わるから、セミの種類によって鳴き方が違うのかもしれない・・・。 哲也はそんなことを想像していた。 大きなクマゼミが特に好きだと書いたが、そのクマゼミのオスの弁は黄色というか橙色というか、とにかく鮮やかで、ほかのセミとは全く違っていた。これもまたクマゼミを好きと言わしめるところだ。 さらに、哲也は採集方法も考えた。 この神社はとにかくたくさんの木々があるため、セミたちは木から木へと飛び移っていく。 そのため、セミを見つけたら近寄って網をふるい、逃げられたらその方向を見失わないように目で追い、また近づく。 セミとりは意外と移動が多く体力を消耗するのだ。 「楽にとれる方法ないかな・・・。」 と考え込んでいた時だ。 ぼーっとしたまま突っ立っていると 1匹のセミがピタッと、哲也の服にとまった。 「?」 こんなことがあるのか。エサの樹液が絶対に吸えそうにないのに、なぜとまるのか? 理由はわからない。 しかし、よく考えたら、家の壁にとまったり、電柱にとまったり 生きてる木じゃないところにもとまるのを何度も見てるじゃないか!? 人の気配がしなければ、こうやって近くまでくるのでは? 哲也は、手ごろな木にのぼった。枝がたくさんあり、足場がある木だ。 そしてある程度の高さまで登ると、哲也は枝を枕にねころんだ。 木の上で寝転ぶのは気持ちがいい。 まあ、あちこち痛いが・・・。 で、そのまま網は右手に持って置きじーっと動かなかった。 しばらくするとセミはその木にやってきた。 手を伸ばせばとどきそうなくらい近くだ。 哲也はゆっくりと網を動かし、サッとかぶせた。 簡単にとれた。 場所によっては網が動かしづらいこともあるが、これはかなり楽だ。 セミは(私の知る限り)とまる樹種を選ばない。 なので、どの種類のセミもこの木にやってくる可能性がある。 移動しまくるよりはとれる数は少ないが、とにかく楽なのだ。 このように、この神社は哲也の虫取り場、および遊び場として貴重な場所であった。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑥せみのいる神社 その1

哲也の家から歩くと15分ほどのところ・・・。 民家の間の車が通れないほどの細い道路を進むと、その先の両側を草で覆われた200段ほどの石段がある。 石段には周りからの草やササがおおいかぶさったりして行く手を阻んでいる。 そんな石段を登っていくと小さな神社がある。 名前もわからない。 お参りに来る人もいなさそうだ。 ここで、友達以外人にあったことがない。 賽銭箱もお金は入っていない。 車の音や、人が歩く音なども全く聞こえず、隔離された世界に来たような錯覚さえ覚える。 そんなさびしい神社だったが、哲也はよくその神社に遊びに行った。 たまに友達と行くこともあったが、一人で行くことも多かった。 なぜそんなさびしい神社に行くのか?というと そこは昆虫の宝庫だったからだ。 まずは石段。周りの草むらにはバッタやカマキリのなかまが多くいた。 花には蝶や蜂が飛んでくる。 石段の上をときどきオサムシやシデムシなどが走っていた。 石段は結構きつかったが、登りきるとまず神社の軒下の砂地でアリジゴクがたくさん見つかる。 そして、ここは木の宝庫でもあった。 様々な種の木々がたくさん並んでいた。 ここはカブトムシやクワガタが集まるような、樹液を出すクヌギやコナラなどの木はなかったので、それらをつかまえるのには向いてない場所だった。 だが、カミキリムシやタマムシがたまに見つかるし、何よりたくさんの種類のセミがいた。 近所の公園でも、クマゼミやアブラゼミ、ツクツクボウシはどこにでも見られた。 自宅の畑にあるひのきにも来るし。 ただ、この神社は他の場所ではあまり見つからないヒグラシやミンミンゼミもいたし、ニイニイゼミもいたのだ。 つまり、このあたりにすむセミのほとんどをここで採集することができた。 哲也はセミも大好きだった。どのセミもそれぞれ特徴的で、鳴き声も違ってて好きだったが、中でもクマゼミは特に好きだった。あのからだの大きさと迫力ある声。 セミは短命である(地上では)ことを知っていたので、持ち帰って飼うとかはほとんどしなかったが、採集するという行為は好きだった。 いろんな種類のセミをつかまえて、カゴに入れて眺める。そして帰り際に逃がして帰る。 ただそれだけなんだが、それが楽しくて、哲也はまたその神社にでかけた。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ⑤枯れた松の木 その5

哲也は、コップに水をはって、そこに松の枝を挿した。 そして、例のウバタマムシを飼ってみた。 枝に登ったり、皮や葉をかじるようなそぶりを見せていたので、安心した。 しかし、そのウバタマムシは数日で死んでしまった・・・。 エサが悪いのか、環境が悪いのか・・・。 はたまた、単に寿命だったのか・・・・。 これについては今も答えはわからない。 と、哲也の飼育失敗の話はさておき、父がついに松の木の残りも処分するというので、哲也も見に行った。 もろいところがあぶないので、上から20cmずつくらいカットして、それぞれ燃やして処分するという作戦だ。 木はかなりもろくなっていて、前回は硬くて切るのが大変と言ってた父だったが 「こりゃカンタンや。」 と軽々とカットした。 父はその木片をコロンと転がした。 哲也はその木片を見た。 「なんか、穴がたくさんある。」 見ると、切り口にはたくさんの穴があり、木くずもつまっている。 「もしかして?」 哲也はナタを持ってきた。 このもろさなら哲也にも割れそうだ。 カンとたたくと、木が割れた。 そしてそこには・・・・。 「タマムシの幼虫!」 哲也は図鑑で見たタマムシの幼虫を発見した。 もしかすると、この木はウバタマムシの産卵木になっていたのでは? 次の木片が父によって転がされた。 哲也はそれも割ってみる。 さっきのより根元に近く、さらにやわらかい。 「あっ!蛹!」 おそらくタマムシであろう、蛹がいた。 また形の違う幼虫も現れた。 「カミキリの幼虫!」 哲也は興奮しっぱなしだった。 図鑑でしか見たことのないものが今目の前にたくさん出てきている。 「すげー!」 カミキリムシは哲也はこの木で発見したことはなく、蛹や新成虫も出なかったため、種類まではわからなかったが、タマムシの幼虫に似ていて、でもなんかずんぐりしていて、間違いなく図鑑でみたカミキリムシの幼虫であった。 しかし、ここで問題が発生した。 これらをどうやって飼えばいいのか・・・。 成虫にするすべも知らない。 困っていると、父が一言。 「その木の中で生きちょんのやけん、その木のまま飼えばよかたい。」 「なるほど!」 哲也はそんなこと考えつかなかった。 「ありがとう!」 父は、ケースに入れやすい大きさにカットした木を2,3個つくってくれた。 で、大きめのケースにそれらを入れて、湿気がなくならないようにクワガタを飼うときに使ってたオガくずを入れた。 そして、そのまま放置した。 翌年、哲也はその存在をほぼ忘れていたのだが・・・。 なんか急に思い出して、かごを見てみた。 「ウバタマムシだ!」 そこには地味だけど、なんか光沢があるあのウバタマムシがいた。…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ④枯れた松の木 その4

月日は流れ、夏が来た。 じいちゃんの件があって、哲也はしばらくその松の木は見ていなかった。 だいぶ気持ちも平常に戻り、家族もなんとかいつもの家族に戻りつつあった。 そんなある日、哲也はふとあの松の木が気になり、見に行った。 「何かいる。」 大きめの昆虫が見える。 色が木の色と似ているので、またウバタマコメツキかと思った。 しかし、なんか地味な色なのに輝いて見える。 「あっ!」 哲也は大きな声を上げた。 「ウバタマムシだ!」 哲也は慌ててそいつをつかんだ。 このとき、ウバタマムシを見るのも触るのも人生初だった。 「やった!すげー!」 哲也の興奮はなかなかおさまらなかった。 普通のタマムシはむしろ何度か見たことがあった。 つかまえたこともある。 ウバタマムシは図鑑で見て、一度はつかまえたいと思っていたのだ。 哲也はうれしくて、すぐにそいつを虫かごに入れた。 飼い方がよくわからない。 ただ、こいつは松の木に来ていたし、実際図鑑にも松の木で見られると書いてある。 松の葉や幹をかじるのでは? そう思って哲也は松の木の枝を少しもらおうと考えた。 少し高いところの枝と葉をとろうと、根元から30cmほどの高さの曲がった幹に足をかけると メキメキメキッ!とすごい音がした。 折れる!そう思った。 哲也は枝をとるのをあきらめた。 こわいので、父にそのことを話した。 父と一緒に松の木を見に行った。 根元から50cmほどの高さの皮が少し剥げているようだ。 父はその皮をむいた。 すると・・・ なんとも情けない感じの幹が露出した。 穴だらけで、虫がくったあとの木くずにまみれ、白アリやマツノキクイムシ、クチキムシその他いろんな虫が樹皮の下にひそんでいた。 父はゆっくりと木を押した。 「こりゃ倒れるぞ。」 見た目以上に中が朽ちてボロボロらしい。 このままでは危険と判断した父はこの木を処分することを決めた。 じいちゃんの大事な木だったが、危険なのでしかたない・・・。 まず父は朽ちてる部分より上の方、根元から1mくらいのところをノコギリでカットした。 上の部分はドサリと地面に落ちてきた。 その光景を見て、哲也は悲しかった。 上の部分はこれから燃やすそうだ。 残りの部分はもろいし危ないので、少しずつ切っていくらしい。 もろいとはいえ、切るのは大変なので、この日は上の部分を燃やすので終わることにした。 このとき、枝や葉をいくつかもらった。 ウバタマムシを飼うためだ。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ④枯れた松の木 その3

ある日、大好きなじいちゃんが倒れた。 そして入院となった。 じいちゃんはガンだった。 すごい手術が必要らしかった。 子供ながらに、怖いしじいちゃんがどこかに行ってしまいそうだし、不安だった。 そのため、松の木のところで遊ぶことが減った。 マツノキクイムシがいてもじいちゃんを呼ぶことはできない。 ばあちゃんは元気でこのころはまだ働きに出ていて忙しかったし 親父は長距離トラックの運転手で、数日に一度しか返ってこない。 哲也には母はいなかった。おば(父の妹)が同居していて実の親のように育ててもらった。 と、哲也の家庭はそんな感じだった。 話はそれたが、少し前までバリバリ働いてたじいちゃんが、体調をくずして家にいるようになってから、哲也はじいちゃんにいろいろ頼りっぱなしだった。 かわいがってくれ、ときには厳しいじいちゃんが大好きだった。 でもそのじいちゃんは、今は家におらず、病院にいる。 ときどき見舞いに行くが、それ以外は会えない。 難しい状態らしく、田舎の近所の病院ではなく、福岡市の病院だったので毎日行くわけにはいかなかった。 そんなじいちゃんに会えない生活にやっと慣れたころ・・・。 久しぶりに哲也はあの松の木に近づいた。 「あっ!」 哲也は思わず声を上げた。 クチキムシが数頭木の周りにいる。 そしてよく見ると、マツノキクイムシもたくさんいる。 葉はほとんどが茶色で緑色の葉が少ない。 クチキムシがいるということがどういうことか・・・・。 本でいろいろ見たり読んだりしたことで、まだ保育園児の哲也は理解した。 クチキムシはその名のとおり朽ち木で生活する。 つまり、この松が朽ち木認定されたということだ。 このことを、次のお見舞いで言わなければ・・・。 哲也はそう思っていた。 あるとき、ばあちゃんが哲也に言った。 「明日は病院に行くばい。じいちゃん手術やけん。」 「手術?」 「じいちゃん、病気治すために手術せないかんとよ。」 「そうなん?大丈夫なん?」 「手術がうまくいったら、元気になるけん。」 哲也はそれを聞いて安心した。 手術という言葉は、なんか怖かったがじいちゃんが治ると聞いてほっとした。 手術当日、ものすごい時間がかかった。 何時間かは覚えていないが、病院の待合室でずっとたいくつしながら ばあちゃんと、父とおばとみんなで待ってたのを覚えている。 そして、手術中のランプが消えた。 中からお医者さんが出てきた。 説明のためばあちゃんと父が呼ばれた。おばは哲也のそばにいてくれた。 取り出したがん細胞を見せてくれるらしかったが、お医者さんは 「君は見たら夢に見るだろうから、おうちの人にだけ見せるね。」 そう言って、二人を連れて行った。 戻ってきたばあちゃんは涙を浮かべていた。 手術したが、あちこちに転移していて、もうこれ以上どうしようもないと。 結局その日はじいちゃんは目を開けることなく、話もすることもできずに帰宅した。 それからほどなくして、じいちゃんは家に帰ってきた。…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ④枯れた松の木 その2

それから哲也は、ちょくちょく松の木をチェックするようになった。 松の木は、確かに昆虫はそれほど寄ってこないのだが・・・。 それでもごくたまにやってくる虫のなかで、お気に入りのものがいた。 それはウバタマコメツキだ。 もともと哲也はコメツキムシが大好きだった。 裏返しに置くと、首を曲げて反動でピョーンと飛んで起き上がる。 これを見て遊んだ子も多いのではないだろうか? ※今の子たちはこんなことあまりせんみたいやね・・・・。そもそもコメツキムシ知らない子多いし・・・。 コメツキムシはいろんなところで見つかる。 うちの畑でも見つかるし、クワガタ採集の副産物としてとれることもある。 サビキコリ、シモフリコメツキ、クロツヤハダコメツキ、オオナガコメツキ、ヒゲコメツキなど・・・。 結構、つかまえては遊んでそのあと逃がすのをいつもやっていた。 楽しかった。 しかし、ウバタマコメツキは別格だった。 クヌギなどが多い雑木林によくでかける哲也は、山中ではあまりウバタマコメツキを見なかった。 松が多く生えているところはたまにいくが、そんなときにたまたま見たことはある。 しかし、基本松林ではクワガタが見つからないため頻繁には行かないので、ウバタマコメツキはほとんど畑の隅の、その松の木で見たものが、生涯見つけたもののうち8割くらいを占めていると思う。 このコメツキは小型のものが多いコメツキのなかではひときわ大きい。哲也の知る限り3センチを超えるコメツキは、近辺ではこの種だけだった。 とにかく、哲也はたまにしか来ないウバタマコメツキを見つけたいがために、ときどきこの松の木にやってきていたのだ。 しかし、今は事情が変わった。 マツノキクイムシに狙われているじいちゃんの大事な松の木。 哲也はもしまたマツノキクイムシを見つけたら、じいちゃんに報告せねばと思っていた。 夏場青々として鋭くとがった葉をたくさんつける松の木。 しかし、その夏は哲也に大きな違和感を与えた。 夏場なのに茶色い枯れた葉が枝についていた。 最初は、冬に茶色くなったのが落ちずに残っていると思った。 しかし、久しぶりに木登りして高いところを見ると、茶色い葉が多い。 しかもなんとなく木が弱弱しい感じがして、登っているのが怖かった。こんなことは初めてだ。 自分も成長しているのだから、重くなったのかも?と思ったが、なんかそういうことじゃなく、木が頼りない感じがしたのだ。 いつもは木に登った時は、曲がりくねった木の途中で、いい感じのところを見つけて、木の上で寝転ぶようにして空を見上げるのが好きだったのだが、この日はなんか怖くてすぐに降りた。 そして、しばらく松の木を見ていたら、また黒くて小さな虫を確認したのだ。 「マツノキクイムシだ。」 哲也はまたじいちゃんを呼んだ。 また殺虫剤をまいてもらった。 その日はそれで終わり、安心もした。 それからほどなくして、我が家に大きな事件が起こる・・・。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ④枯れた松の木  その1

「じいちゃん!ちょっときて!」 哲也はじいちゃんを大声で呼んだ。 前にも書いたが、家のすぐそばに10m四方ほどの畑がある。 そこは哲也にとっては恰好の遊び場だった。 花や虫の観察はできるし、釣りに行くときはミミズ掘れるし。 そんな畑の隅に大人の背丈より少し高いくらいのあまり大きくない松の木があった。 その松の木は曲がりくねっていて、虫もあまり寄り付かないので 哲也にとっては遊びやすい木であった。 曲がってるのでカンタンに登ることもできるし、チクチクする葉っぱも遊びの材料になった。 根元付近にはサルノコシカケがはえていて、それに座ることもできた。 哲也はまだ保育園児だった。 いつものように遊んでいたのだが、黒くて5mmあるかないかくらいの小さな虫をたくさん発見した。 この木を大事にしているのはじいちゃんだった。 哲也は、普段虫があまりいない松の木に虫がいることをじいちゃんに伝えたかった。 そして何より、その虫が図鑑で見た覚えのある虫に似ていたのだ。 それはマツノキクイムシ。 小さな子供でもわかるそのネーミング。 そいつらがマツを食い荒らす害虫であることは、そのときの哲也にも容易に想像ができた。 「じいちゃーん!」 再び叫んだ。 「なんかい。」 じいちゃんは少し面倒そうに畑にやってきた。 「松の木に虫がついとう。」 「どんな虫や。」 哲也はその小さな虫たちを指さした。 老眼のじいちゃんには、目を凝らさないとわからないレベルの小さな虫だ。 「これがどした?」 じいちゃんは家の中でなにかしていたのだろう。 こんなことで呼ばれたということに、明らかにめんどうだという感じだった。 「これ、松の木食うやつっちゃ。このままじゃ枯れてしまうとよ。」 哲也は必死に訴えた。 「わかった。」 じいちゃんは殺虫剤をもってきて、そいつらにふりまいた。 「これで大丈夫。」 じいちゃんはまた家の中に戻っていった。 誤解のないように言っておくが、哲也はじいちゃんに嫌われていたわけではない。 むしろ、目に入れても痛くないほどかわいがられた。 いつもばあちゃんから「あまやかさんで。」と注意されていたほどだ。 そんなじいちゃんが、哲也は大好きだった。 だからこそ、大事にしている松の木を枯らされたくなかったのだ。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ③キチキチバッタ その6

春のある日・・・。 暖かい日が増えてきたころだった。 哲也は週に1回ほど、バッタの家をのぞき 土の乾き具合をみて、霧吹きするのを続けていた。 ただ、見る限りなんの変化もない日々だった。 しかし、その日は何か違っていた。 真っ黒の土、枯れ葉や枯草が落ちているいつもの風景・・・。 その中に、何か動くものがいた気がした。 「なんだ?」 哲也は気のせいだろうと思いつつも、ゆっくりとバッタの家に近づいた。 「うわっ!」 哲也は思わず声を上げた。 幼虫だ! バッタの幼虫がたくさんいる! 数十匹はいるのではないか? かなりの数だ。 彼らは土の上や枯草の上をそれぞれに這いまわっていた。 「やった!成功だ!」 哲也は繁殖に成功したことを喜んだ。だが、これで終わりではない。 哲也は急いで草をとりに行った。 コップに水をはり、草を入れた。 そう、彼らを育てて大きくしなければならない。 哲也の目的は、キチキチバッタがショウリョウバッタのオスであることを確かめることだった。 昨年の夏、キチキチバッタとショウリョウバッタは間違いなく交尾していた。 そして、ショウリョウバッタは産卵行動をとっていた。 ほかに、この籠の中には何もいれていない。 そして、小さなバッタの幼虫がたくさん産まれた。 あとは彼らがショウリョウバッタとキチキチバッタになればいい。 そうすれば、哲也の中で間違いなくキチキチバッタがショウリョウバッタだといえるのだ。 哲也は毎日世話をした。 それでもなぜか減っていく・・・・。 でも、そんな中脱皮するものが現れた。 脱皮中のものも見つけたし、脱皮殻も見つけた。 そして少し大きく、しかもからだがしっかりしたものが出てき始めた。 まだ羽は伸びてないし、親と比べるとまだまだ小さいが その姿は間違いなくショウリョウバッタである。 数十匹はいたと思われる幼虫たちもいつしか10匹ほどになっていた。 しかし、彼らは日々間違いなく成長していった。 そして・・・。 ついに成虫が現れた! キチキチバッタだ!羽が伸びきっていて、間違いなく成虫だ。 さらに数日後は大きなショウリョウバッタが現れた。 結局、キチキチバッタ3匹、ショウリョウバッタ4匹が成虫となった。 最初からするとずいぶん減ったが、満足した。 キチキチバッタはやはりショウリョウバッタのオスであった。 哲也はやりきった思いで、彼らをずっとながめていた。 しかし、哲也にはほかにやることがある。 昆虫はショウリョウバッタだけではない。 ほかにも飼いたいもの、調べたい虫がまだまだある。 このまま育てれば、またこの中で交尾、産卵を行い…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ③キチキチバッタとショウリョウバッタ その5

ある夏の夜。暑くて寝苦しかった。 哲也は何か飲もうと思い、家族が寝静まった中、一人起き上がった。 冷蔵庫に向かい、麦茶をコップにそそいだ。 冷えた麦茶を一気に飲み干し、さて寝ようか・・・。と思いまたふとんにもどろうとした。 そのとき、何となく「ちょっと虫かご見てから寝よう。」と思った。 それで哲也はすぐにふとんには向かわず、虫かごのほうに向かった。 バッタの家の近くまで来た時、哲也ははっと息をのんだ。 ショウリョウバッタが土におしりをさしていたのだ。 あの細身のまっすぐなきれいな緑色の体。 それが今は、おなかを大きく下に向けて曲げている。 おしりの先は土中にあるのか見えない。 「産卵中だ!」 哲也はバッタを驚かさないよう、心の中で叫んだ。 なるほど、彼女は夜に産卵行動するから、これまで見られなかったのかもしれない。 とりあえずは、この行動を見たのはこのときが初めてだった。 ものすごく感動した。 図鑑には、トノサマバッタではあるが 土中におしりをさして卵を産む様子の写真があり、これまで何度もそのページを見返していた。 それと同じ光景が、ついに哲也の目の前で行われている。 こんなすごいことがあるだろうか!? 哲也の興奮はとまらなかった。 それからほどなくして、哲也は再びふとんにもどったが、目がぱっちりと開いたまま、なかなか眠れなかった。 次の日の朝、哲也は再びバッタの家をのぞきこんだ。 何も変わったようすはない。 ショウリョウバッタは昨夜何事もなかったかのように、普段通り草にかじりついている。 ただよく見ると、昨日バッタがおしりをさしこんでいたと思われる場所が不自然にでこぼこしていたが・・・。 これはホントによく見ないとわからないし、そもそも昨日その光景を見ていなかったら全く気付かないレベルだった。 野外の産卵のあともこうなのだろうか? いずれ、その現場を見てやろうと思った。 それからほどなくして秋がきて、元気だったショウリョウバッタも突然終わりを迎えた。 いつもバッタのなかまを飼い、そうやって死んでいくことには慣れていたはずだが、彼女の死は今までと違った。 なんともいえないさびしさがこみあげてくる。 バッタの飼育法の確立。 キチキチバッタとの交尾のようす。 土中におしりをさしこんでの産卵行動。 彼女はいろんなものを哲也に残してくれた。 これでもそうとうありがたかった。 しかし、まだ彼女の意思は残っている。 哲也は冬場、土が乾燥しないように時々霧吹きをした。 そして、土中の卵を見たい!という衝動に駆られながらも、そうすることで卵がダメになってはいけないと思い、必死に自重した。 そうこうしているうちに、寒い寒い冬も終わりを告げる。 春の到来である。