Category: 哲也昆虫記~ファーブルになりたかった少年~

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ③キチキチバッタとショウリョウバッタ その4

おそらく、最初に入れていたショウリョウバッタも、あとから入れたキチキチバッタも この新しい家を気に入ってくれたように思う。 生き生きとした葉っぱは、お気に召してくれたようで、2匹とも草を無心にかじっている。 ほっとした哲也は、しばらくその場を離れた。 哲也とて、虫取りと虫の世話だけをしているのではない。 宿題とか、ほかにすべきこともある。 数時間後、哲也は気になってバッタの家のようすを見に来た。 すると・・・・。 「交尾してる!」 大きなショウリョウバッタの上に、小さなキチキチバッタが乗っかってたのだ。 「すげー!」 哲也は歓喜の声をあげた。 この事実は、この2匹が同種であることを意味しているからだ。 哲也はこの光景を見て、キチキチバッタがショウリョウバッタのオスであることを確信した。 しかし、安易に決めていいとは思っていない。 哲也にはまだまだこの先の展望があった。 とりあえずは、このまま彼らを飼い続けてみることにした。 彼らはそれぞれに草を食べたり また交尾したりといった感じで過ごしていた。 まあ、交尾が複数回成立しているので、99%同種で間違いはないのであろう。 哲也は同種だと決めつけたい気持ちをぐっとこらえて これからさらに見守っていくことにした。 哲也の狙いは何か? そう、産卵である。 図鑑によれば、ショウリョウバッタの産卵のようすは載っていなかったが、トノサマバッタの産卵のようすが載っていて、土におしりをさしこんで産卵するらしかった。 同じバッタならこういう行動をするのではないか? そう思い、観察を続けたが、なかなかその場面にでくわすことはなかった。 土が悪いのか、環境的に産むのには落ち着かないのか・・・。 哲也にはわからなかった。 そうこうするうちに、日にちだけが経過していった。 ある日、哲也はがっくりと座り込んだ。 昨日まで元気だったのに・・・。 キチキチバッタ(=おそらくショウリョウバッタのオス)が動かなくなっていた。 そう、彼は死んでしまったのである。 ただ、メスのほうはまだ元気にエサを食べている。 交尾は何度も確認しているから、メスだけでも産卵は可能なはず。 哲也はあきらめず、最後まで飼うことにした。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ③キチキチバッタとショウリョウバッタ その3

哲也はばあちゃんから、使わない小さめのコップをいくつかもらった。 それに水を入れ、例の虫かごの土の上に置いた。 それから、いつもバッタをとる草むらまでいき、すじがまっすぐの葉(平行脈)を茎からかりとってきた。 花は水につけておくと長持ちする。 なら、葉っぱもそのはずだ。 仏壇にあげる花は、ばあちゃんが茎をななめに切って、花瓶にさしていた。 じゃあ、同じようにすればいいんだ。 で、コップの中にそれらの葉っぱをさしてみた。 なんとなく生き生きしてる気がする。 何より、入れてふたをするとすぐにショウリョウバッタはその葉をかじりだした。 「うまくいった!」 哲也は飼い方をやっと見つけたと思った。 この状態なら、何匹かいっしょに入れてもいいのでは? というわけで、また哲也は網を持ってでかけた。 さっき、葉っぱを刈り取りに行った草むらだ。 キチキチキチッ 音が聞こえた。 「キチキチバッタだ!」 哲也は音がしたほうを見た。 バッタが着地する場所が見えた。 網をかまえ、そーっとその付近に近づく。 ゆっくりと近づいていくと、葉にとまるキチキチバッタが見えた。 バシュ! 哲也は網を振った。 「入った!」 バッタは網の中で飛び跳ね、網にぶつかっている。 哲也はそれを網の上からつかみ、傷つけないように慎重につかんだまま 左手を網の中に入れて、そいつを直接つかんだ。 「よし!とれた。」 哲也はすぐに虫かごに入れ、まじまじと観察した。 「う~ん。似てるなぁ。」 そう、大きさは小さいものの、やはりショウリョウバッタとよく似ている。 このとき、哲也はふと思った。 同じ種類で、オスとメスなんじゃない? キチキチと音を出す少し小さめのキチキチバッタ。 どっしりとした重量感をもち、音を立てずにとぶショウリョウバッタ。 あてずっぽうではなく、哲也なりの理論があった。 カマキリはオスがメスより小さい。 コオロギやキリギリス、セミなどはオスしか鳴かない。 こうした事実から、音を出し、小さいからだのキチキチバッタはオスではないか? そう思ったのだ。 哲也はこれを確かめる絶好の機会だと思った。 例のショウリョウバッタと、このキチキチバッタを一緒に飼い、交尾するかどうか見る。 そしてうまくいけば、産卵までしてくれると確実だ。 哲也はそのまま持ち帰り、ショウリョウバッタの家にキチキチバッタを迎え入れた。 そして、その日はほかのバッタはとらなかった。 最初はいろんなバッタを一緒に飼ってみようと思っていたのだが、そうするともし産卵してもどれとどれの子かわからなくなるかもしれない。 ショウリョウバッタとキチキチバッタのみを入れていれば、もし子供が生まれれば絶対かれらの子供たちということになる。 そう考えたのだ。 ※一見正しそうなこの考え、当時の哲也は信じて疑っていなかったが、本当はこの考えは正しいとはいえない。今の自分にはわかるが・・・。そう、メスはこのキチキチバッタと一緒に過ごす前に、野外で別のオスと交尾している可能性がある。その点はこの時点の哲也には想像できていなかった。…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ③キチキチバッタとショウリョウバッタ その2

マイマイカブリ編で登場した父特製の大きな虫かごは、もともとバッタを飼いたい!という哲也の願いからうまれた。 どうせいろんなの飼いたいんだろうと、父は2つも作ってくれたのだ! 普段、厳しくて怖い父でしたが、こういうところがあったのだ。 かごが完成した日の夜はいてもたってもいられなかった。 早く、あの中にバッタを入れたい! 哲也は夕方のうちに、下の部分に畑から土をもってきて入れ、さらにこれも畑から雑草を根っこごとひきぬいて持ってきて、かごの中に植えつけた。 草は畑に充分あるし、近所の草むらにもたくさんある。エサに困ることはないだろう。 そう思っていた。 そうして、バッタの家をつくりあげた哲也は満足して眠りった。 次の日、帰ってきた哲也はすぐに網を持ってでかけました。もちろんバッタをとるためだ。 狙いはショウリョウバッタ。 30分ほどかけまわり、いろんなバッタを手にした。 そして、大きなショウリョウバッタもつかまえた。 哲也はショウリョウバッタ以外を逃がし、その大きなショウリョウバッタを虫かごに入れて飼うことにした。 ワクワクしながらかごに入れた。 家は気に入ってくれるだろうか? 入れてからしばらく観察した。 飛び跳ねたり、網によじのぼったりしている。 草にもとまるが、食べる様子はない。 まあ、明日には食べるだろう。今はおなかすいてないんだ・・・。 哲也はそう思い、その日はそのままにしておいた。 次の日も観察を続けたが、草はあまり食べてないようた。 哲也は畑に生えていた、いろんな草をとにかくひっこぬいて植えていた。 よく見ると、ぜんぜんかじったあとがない葉と、少しかじったあとがあるものがあった。 もう少しようすを見ることにしよう。とりあえずこの日もそのままにしておいた。 次の日・・・。 「あっ!」 哲也は思わず声をあげた。 草がほとんどしおれてるんです。 水はあげてましたが、結局根がしっかりついてなかったようだ。 しかも、やはりかじられたのとかじられてない葉に差がある。 よく見ていくと、気づいたことがあった。 「スジがまっすぐのやつだけかじってる。」 そのころの哲也は平行脈なんて知らなかった。 コイツはそのタイプの葉だけをかじってるようなのだ。 この葉なら、いつもいく草むらにたくさんある。 しかし、草の丈は高いし、根もしっかりしててひきぬけないだろう・・・。 どうしようかと考えていたとき、ばあちゃんから声をかけられました。 「哲也!お仏壇の花、とりかえるからおろしてきて。」 「はーい」 哲也は仏壇に向かった。 そして花瓶をとったとき・・・。 「これだ!」 ある考えが浮かんだのだ。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ③キチキチバッタとショウリョウバッタ その1

哲也は、バッタのなかまがとても好きだった。 近所の草むらはかれらをつかまえる絶好のポイントになっていた。 トノサマバッタやクルマバッタ オンブバッタにツチイナゴ クサキリ、ツユムシ、エンマコウロギなど・・・。 クツワムシやキリギリスのような大型種がとれると歓喜したものだ。 しかし、なかでもとくに好きなのはショウリョウバッタだった。 あのどっしりとした重量感! 大きいのに、からだや顔は細身できれいな形をしている。 鮮やかな緑色のやつもきれいだが、枯草のような色をしたものもかっこいい。 ショウリョウバッタをつかまえると、その日は勝ち!感が強かった。 幼稚園くらいのころだったろうか。 いつもの原っぱで、網を片手にバッタを追い回していた。そのとき、足元からキチキチキチッと音がして、緑色の昆虫が飛びだした。 「キチキチバッタだ!」 哲也はそいつが飛んで行った方向に走っていき、網をかまえて狙いを定める。 バシュッ! 素早く網をふる。 中を確認すると・・・。 「いた!キチキチバッタだ!」 哲也は歓声をあげた。 素早くてつかまえにくいコイツがとれるとテンションが上がった。 キチキチバッタというのは、何かの本でそう書いてるのを見たのでそう呼んでいる。 ただ、哲也にとってはショウリョウバッタとうり二つだったので、なぜコイツはそんな名前なのだろうかと不思議だった。もちろん、飛んだ時にそういう音が鳴るからだろうと思った。しかも、ショウリョウバッタは飛ぶときに音がならない。 幼かった哲也は、彼らが別種であることを疑わなかった。 哲也はバッタをたくさんつかまえていたが、飼育するカゴがなかったので、とるだけとって帰りに逃がして帰っていた。 クワガタやカブトムシを入れているケースに入れるわけにはいかない。 何より草を入れられない。 なんとかならないものか・・・。 あるとき、哲也は父にバッタを飼いたいけど、どうやって飼えばいいかわからないと話してみた。 そうすると父は 「つくっちゃろう。」 と言った。びっくりした。 つくる?そんなことができるのか・・・。 哲也は半信半疑ながら、でもバッタを飼育できるかもしれないという期待でいっぱいになった。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ②マイマイカブリ その7

哲也は目的の倒木の前に立っていた。 手には父にもらった少しだけさびついたナタがあった。 いつも使うので、少しさびてるそのナタを、父は哲也にくれた。 いちいち貸すのも面倒だったのかもしれない。 小屋にはほかにもナタがあるので、父はそっちを使うっていうのもあったのだろう。 さびはあるが、なかなかいいナタだった。 時々、父はそのナタを研いでくれた。 力のない哲也でも、充分に使えるようにと。 哲也は、目の前の倒木を見回し、割りやすそうなところを探した。 「ここからやってみよう。」 哲也はクワガタ幼虫を夢見て、ナタを下ろした。 カツンカツンとナタが木に当たる音が響く。 何も出ないのか? そう思ったとき、少し空洞が見えた。 「穴があるぞ。」 倒木の中に穴がある場合、そこはなんらかの虫が掘ってできた可能性が高い。 そして、そうした穴はなんらかの昆虫が越冬している可能性が高い。 もし虫がいた場合、つぶしてしまわないように、哲也は慎重にその空洞の周りを割っていった。 うでがパンパンになってきた。 もううでが限界だと思ったとき、ボコッと大きな穴が現れ、黒いものが目に入った。 最初、越冬中のクワガタかと思い興奮した。 しかし、よく見ると・・・。 なんと!マイマイカブリの成虫が群がって越冬していたのだ。 見えてるだけでも4,5匹はいる。 「マイマイカブリだ!」 哲也はそう叫ぶと彼らのすむ空洞を、ナタで慎重に広げた。 なんと、総勢7匹のマイマイカブリが眠っていた。 冬眠中のマイマイカブリを見るのはこれが初めてだった。 「これだけいれば、オスメス必ず混じるだろうな・・・。」 哲也は一瞬そう考え、持ち帰ろうかと思った。 今度は累代飼育に成功するかもしれない。 しかし、やはりあのカタツムリ探しまくりの日々がどうしても面倒に感じた。 考えたあげく、哲也は彼らをそっとその穴にもどし、割れた木のかけらなどでおおって、そのままにしておいた。 以降も、クワガタの材割採集の際に、ときどきマイマイカブリを見つけることがあった。 つい最近も見つけたことがある。 しかし、もう持ち帰ることはしなかった。 なんとしてもつかまえたい!なんとしても育てたい! そう思ったあのころが、今も懐かしくよみがえる。 もう飼育することはないかもしれないが、それでも彼らは間違いなく、哲也とともに過ごし、いろんなことを教えてくれた虫だったのだ。 その記憶は、これからもずっと残っていくことだろう。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ②マイマイカブリ その6

幼虫がいなくなってしばらくは、何度もカゴの中を確認してみたりしていたが、そのうちあきらめがつき、確認しなくなった。 ところがある日、学校から帰ったときのこと。 かごの中で何かが動いた気がした。 「なんだ?」 そーっとかごに近づき、中を見てみると・・・。 「マイマイカブリだ!」 なんと!そこには成虫のマイマイカブリがいたのだ。 このとき、哲也はすべてを理解した。 そうか!土中で蛹になるために、みんないなくなったんだ。 そして、羽化してでてきているのか! よく見ると、成虫は2匹いた。 それから数日のうちにもう1匹増えていた。 合計3匹。幼虫は4匹いたので、1匹は蛹時代に死んでしまったか、羽化しきれなかったか・・・。 いずれにせよ、出てこなかった。 そのことは残念だが、いずれにせよつかまえてきた幼虫が無事羽化して成虫になった。 これは本当にうれしかった。 カブトムシの幼虫なども育てていたが、全部羽化するのって意外と難しく、蛹になるときや、羽化するときなんかに死んでしまうことがあったので、初めて飼育したマイマイカブリで4匹中3匹も羽化したのはすごく感動的なことだった。 ここで、哲也は欲が出てきた。今3匹もいるんだ。これらが卵産んで、また幼虫が出てくるとすごいんじゃないか? でも、そもそも彼らはオスメスが混じってるのかもわからない。 何度も見比べたが、どれもあまり違わないし。 いろいろ調べたが、結局オスメスの区別の仕方もわからなかった。 とりあえずは前と同じように、カタツムリを飼育し、ときどき与えつつ、ないときはミミズで代用して育ててみた。 しかし、結局交尾、産卵などの行動は見られず、幼虫の姿も見られず、最後は3匹とも死んでしまった。 環境が悪かったのか、オスメスが混じってなかったのか、今となってはわからない。 しかし、残念ながら哲也のマイマイカブリ累代飼育作戦は失敗に終わったのだ・・・。 それから、熱が冷めたように、哲也はマイマイカブリを追わなくなった。 道中、1匹のマイマイカブリを見つけても捕まえたりしなかった。 カタツムリを与えるのが面倒なのと、やはりくさいのと、そして何より累代失敗したのとで、少々この虫の飼育についてはトラウマになってしまったようだ。 マイマイカブリを追わなくなっただけで、哲也の昆虫熱は冷めることはなかった。 小学校低学年のころは、虫は夏にとるものと思い、春や秋は若干とりにいくものの、冬場はまったく採集には行っていなかった。 ところが、冬のある日、近所のお兄ちゃんが「カブトムシとりに行こう」と誘ってくれたのだ。 「冬なのに?」 と聞き返すと、幼虫を掘りにいくのだと言われた。 そうか!冬でも幼虫なら採集できるんか! で、一緒にとりに行き、たくさんとれた幼虫を二人でわけて、飼育を始めた。 これまでは卵を産ませてその幼虫を育ててたが、冬に幼虫をとりに行くということを覚えた。 このとき、哲也はある本の中の1つのページを思い出していた。 クワガタも冬に幼虫として過ごしている。そして彼らはカブトムシのように腐葉土の中にいるのではなく、朽木の中にいる。 哲也は父にナタを借りて山に入った。 最初要領を得なかったが、だんだんコツをつかみ、何度か採集に成功した。 クワガタの幼虫採集の詳細はまた別編で。 冬のある日、またまた哲也は山にでかけた。 枯れたクヌギの倒木がある場所。哲也は夏の山を思い返すときに、その場所を思い出し行ってみることにした。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ②マイマイカブリ その5

マイマイカブリの死。 悲しいものではありましたが、これまでもたくさんの虫を飼ってきた哲也にとって、それは当たり前のことであり、何度も乗り越えてきたことだ。 またつかまえればいい。 そう思いつつ、哲也はまた山に入る。 ある初夏の山中・・・。 雨上がりのじめじめした山中に、哲也の姿があった。 クワガタをはじめ、いろんな昆虫を探す哲也の姿が・・・。 まあ、いつものことだが・・・・。 この日、哲也はあっと驚く光景を目の当たりにする。 「なんだこりゃ?」 尋常じゃない雰囲気に、哲也は歩みを止め、違和感のある方向を見つめた。 そして網をかまえた。 黒光りして、気持ち悪い節だらけの体を持つ生き物。 それが何匹も1つの大きなカタツムリに群がっていたのだ。 このとき、哲也は図鑑のあるページを思い出していた。 もしかしてこいつら・・・・。 「マイマイカブリの幼虫か!?」 動きを止めていた哲也は、急に網を持つ手をぐっと握りしめたかと思うと 次の瞬間!素早く網を振り下ろしていた。 入った! 異変を感じたのか、彼らが動き出した。 しかし、哲也は彼らが逃げるのを許さなかった。 軍手をはめた手で網ごと彼らをつかむと4,5匹手につかんだのがわかった。 そのまま網をひっくり返し、網の中に落とし込んですぐに網の口を押えた。 「とれた!」 おそらくマイマイカブリの幼虫と思われる生き物を5匹捕まえた。 哲也は慌てて虫かごに入れると、意気揚々と家に戻った。 似たような幼虫でオサムシの可能性もあるが、図鑑の写真と見比べながら、たぶんマイマイカブリだろうと思った。カタツムリをおそっていたこともあるしね。 まあ、オサムシならオサムシでもいいと思った。哲也はオサムシも大好きなので。 とりあえず、例の父がつくってくれた虫かごに彼らを放した。 また、ミミズ中心にエサを与えつつ、かたわらでカタツムリを育てながら与えるという作業が始まった。 それにしても今回は5匹。 エサやりは大変だった。 普段からカタツムリを見ればとにかく持ち帰り、毎日畑でカタツムリを探す日々だった。 なんとしても羽化するところを見たい! その一心で、がんばって育てた。 ところが、簡単にうまくはいかない。 ある日、学校から帰ると、かごの中で大変なことが起こっていたのだ。 なんと! 1匹の幼虫に、残りの4匹が群がっていたのだ。 その1匹はひっくり返った状態で足をバタバタさせているが、他の4匹は容赦なくそいつを襲っている。 実は、捕獲した際に1匹の幼虫が少し傷ついていた、足が1本とれたのと、背中に少し傷が入っていた。 かごに入れたとき、彼は元気そうだったのだが、数日ほどたったときになんか動きが悪いと思っていた。 どうやら彼らは、元気なうちは仲間として過ごすようだが、弱るとエサとして見るようだ。 これはほかの虫でも見られるので、最初はがっくりきたが、仕方ないと思った。 これも弱肉強食の世界の理だ。 結局、彼はみんなからバラバラにされてしまった。 こうして4匹になってしまったが、哲也はそのあともエサを与え続け、一生懸命育てた。 ところがあるときを境に、なんかえさをいれてもあまり食べなくなった。 「どうしたんだろう?大丈夫かな?」…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ②マイマイカブリ その4

父は厳しい人間でした。 悪いことをしたり、帰宅時間を守らなかったりするとたたかれたり、追い出されたりしていた。 こわいし、怒られると嫌いと思うこともありましたが、実際のところは父が大好きだった。 細かいことは別の機会に書こうと思いますが、父は哲也の趣味である虫取りや釣りに対してかなり理解してくれていたように思う。 実は、虫好きでいろんな虫を集めてくる哲也のために、大きな虫かごを作ってくれたりしたのだ。 クワガタやカブトムシを飼うためのケースは持っていたが、他の昆虫を飼うときに、普通のケースでは飼いにくい。 こんな虫かごを2つも作ってくれたのだ。 余った木や、網戸を貼ったあとの網を利用し、あっという間につくってくれた。 この虫かごについては、今後もちょいちょい出てくることになる。 これのすごいところは、下に土やオガを、虫に合わせて入れることができることと、背が高いので草や木を入れることができ、まさに自然を再現できることだ。 説明が長くなったが、哲也はつかまえたマイマイカブリをこの中で飼うことにした。 下の部分には土を入れ、落ち葉や枝を拾ってちりばめた。木に登ることもわかったので、太めの枝も数本立てて入れておいた。 その中に、マイマイカブリを入れると、最初はせかせか動き回っていたが、そのうち落ち葉の陰でかくれるようにじっとしていた。 「気にいったのかもしれない。」 そう思った。 しかし、実際にはこれからが大変だ。えさを確保しないといけない。 カタツムリは、雨の日に自宅の畑に行けばとれる。でも、雨がふらないときはほとんど見つからない。 どうしようか悩んでいると・・・。 「雨の日にたくさんとっておいて、飼いよけばいいやん。」 父は当たり前のようにそう言ったのだ。 なるほど! 「ありがとう!」 哲也は雨が降るまでは、畑でミミズを掘ってきて与えた。 最初警戒していたマイマイカブリだったが、そのうち、ミミズを見つけてかじりついた。 例のあのするどいアゴを使って、ミミズにかみつき、暴れるミミズをものともせず食べていく。 よく見ると、クワガタやカブトムシのようなオレンジ色のブラシ状の舌があり、かみついたあとそれでなめてるように見えた。 なるほど、こうやって食べるのか・・・。 哲也は一心にその光景を見ていた。 雨の日、哲也は畑に行くと、くまなく調べてカタツムリを集めまくった。 大小20匹ほどとれただろうか。 哲也はそれらをプラスチックケースに入れて、畑から出たキャベツの残骸とか、いろんな葉っぱを入れて飼った。 それらを観察するのも楽しかったが、それはまたの機会に。 大きなカタツウムリを選んで、マイマイカブリのカゴに投入。 山中で見た、頭をからに突っ込む姿をまた見ることができた。 育てたカタツムリを、大きくなった順にエサとして与える。かわいそうではあったが、マイマイカブリがおいしそうに食べる姿がとてもかわいくなってきていた。 大きなカタツムリがないときは、ミミズを掘ってきて与える。他の昆虫も飼育している哲也にとって、忙しい日々であったが、本当に楽しかった。 しかし、ある日その楽しみは終わってしまう。 もう秋になろうかという時期・・・・。 朝、カゴを見るとひっくり返って、脚をだらしなく折り曲げたまま動かなくなったマイマイカブリがいた。 昨日まで元気だったのに、突然死んでしまったのだ。

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ②マイマイカブリ その3

哲也はまず、これまでの失敗を振り返った。 そもそもマイマイカブリ狙いじゃないときに、いきなり出てきたので準備ができていなかった。 かと言って、マイマイカブリ狙いで行くほど、よく遭遇する虫ではない。 やはり、別の虫を探すついでに狙うのが現実的だ。 網を使えば、素早いのにも対処できる。 しかし、問題はにおいを噴射されること。 これについては軍手を使うのが一番ではないかと思う。 においそのものをなんとかすることはできない。 くさいのを我慢するしかない。 ただ、直接手に噴射されるとしばらくにおいがとれない。 なので、素手で触るのをさけるべきだ。 そして軍手を使えばあのするどい大あごから指を守ることができる。 カミキリムシにも負けないほどの立派なあごを持っているので、かまれたらかなり痛いだろう。 というわけで、マイマイカブリ捕獲に成功するまでは 虫取りの際は常に網と軍手を持ち歩くことにした。 ある夜、哲也はまた山にでかけた。 狙いはカブトムシ。 懐中電灯を持って、樹液が出るクヌギの木を見に行く。 昼にノコギリクワガタなんかを目にする場所は、夜に行くとカブトムシがいることが多い。 このとき、哲也はカブトムシのことで頭がいっぱいだった。 夜はムカデに気を付ければ、スズメバチもほぼいないし、採集はやりやすい。 ただ、暗いしマムシ等がいても気づかない場合もあるのでかなり慎重に進む。 なるべく山奥には入らず、林道からすぐにチェックできる場所に行く。 目的の木に到着し、ワクワクしながら懐中電灯で照らす。 「カブトムシだ!」 目的の獲物の姿に歓喜しつつ、虫かごにおさめていく。 数本の木から10頭ほどとっただろうか。 なかなかの成果に満足した哲也は 「今日は無理せず、あと1本見たら帰ろう。」 哲也は林道沿いの木だけを見て帰ることにした。 成果が上がらなければ、少し林の中に入ろうと思っていたが 小学生が一人で真っ暗な山にいるのだ。 正直言って怖いし、そんなに長くいたいわけではない。 最後の一本に到着し、餌場を照らす。 「ん?」 カブトムシとは思えない真っ黒なものが目に入った。 フォルムがクワガタでもない。 まさか! 「マイマイカブリだ!」 まさか夜の樹液にコイツが来ているとは思わず、少し驚いた。 しかし、哲也はチャンス!と思った。 どうやら、樹液に集まる虫でもねらってやってきたのだろう。 懐中電灯の光をいったんその場所からそらし、軍手をはめた。 父から借りたそれは、少し哲也の手には大きかったが、今はそんなことはどうでもいい。 再びその場所を照らし、マイマイカブリの位置をしっかりと把握してすぐに手を伸ばした。 手ごたえあり! 「とれた!」 哲也は間違いなくマイマイカブリをつかんでいた。 あたりに、あの例のいやなにおいが漂う。 しかし、哲也はそれをぐっとこらえ、虫かごにマイマイカブリをほうりこんだ。…

哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ②マイマイカブリ その2

雨上がりの雑木林。 草をかきわけるだけで、スボンも服もびしょびしょ・・・。 「また帰ったら怒られるなぁ・・・。」 こうやって服を濡らして、汚して怒られるのはしょっちゅう。 でも、やめられない。 山に入れば汚れるさ。 哲也は怒られる心配をしつつも、林の中をすすんだ。 お目当てのクヌギの木を目指す。 狙いはクワガタだ。 ところが、いつもなら樹液にいろんな虫がきているその木だが 何もいない。なんか静まり返っている。 いつも賑やかな昆虫酒場は、客一人おらず、閑古鳥が鳴いている。 「はぁ。やはりこんな天気じゃダメか・・・。」 それでも、木の根元を掘ったりして小さいが数頭のクワガタを発見した。 「今日はこんなものかな。」 哲也は天気のせいだからしかたないと、自分に言い聞かせて 獲物は少ないが帰ることにした。 そのとき、なんとなく前にマイマイカブリがいた場所が気になった。 「まあ、いないだろうけど寄って帰るか。」 哲也は少しだけ、そのあたりを見回ってから帰ることにした。 「ん?なんだあれは?」 いつも歩く落ち葉だらけの雑木林内の獣道。 その脇に何か違和感を感じ、哲也は立ち止まった。 カタツムリ? 大きなカタツムリが裏向きになっていて何か黒いものが動いて見える。 哲也は網をかまえてそーっと近づいた。 「マイマイカブリだ!」 マイマイカブリがまさにカタツムリの中に頭をつっこんでいた。 哲也はコイツの素早さを知っている。 気づかれて走られれば、また取り逃がすだろう。 慎重に音を立てないように近づき、網の射程圏内に入った瞬間! シュッと一振り。 カタツムリごと網をかぶせた。 網の中で、異変を感じたそいつはカラから頭を引き抜き走り出す。 しかし、周りは網で囲まれている。 哲也は急いで網の中のマイマイカブリをつかんだ。 「とれた!」 喜んだのもつかの間・・・。 「うわっ、くさい!」 あまりのにおいに、驚いて手を放してしまった。 そしてそのとき、地面に押さえつけていた網に隙間ができた。 そいつはそのすきを逃さず、あっという間に網の外に出てしまった。 そして呆然と立ちすくんだ哲也から離れるように走り去った。 また捕獲失敗だ・・・・。 帰ってから、いろいろ調べると・・・。 おしりから何かにおいのある液体を噴射するらしい。 完全にやられた・・・。 くやしかった。 さらに言うと、そのにおいは手を少々洗ってもとれなかった・・・・。 かなりいやな思いをした。…