Category: 哲也の福岡一周釣り行脚~三平にあこがれた少年~

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ②篠栗渓流ヤマメとの出会い その4

ここはホントに人通りが少ない。 お遍路さんは車で広い道路を通り、ここより先の大きな駐車場にとめて歩くので、哲也のように自転車で来たり、徒歩で来る人が少ないからだ。 哲也はそれをいいことに、竿を置き竿にしたまま、少しこの周りを見て回ることにした。 ヤマメが泳ぐ姿を目の当たりにし、冷静さを欠いていたと思った哲也は、基本に立ち返り、この魚丸見えの場所以外にも、ヤマメが住み着く場所があるのではないか?と思った。 哲也はヤマメを見つけた橋から、少し上ってみたが、やはりお遍路さんが通る道につながっており、釣りに適した場所はなさそうであった。 何より橋の上流は、近くの宿のおじさんの持つ養殖場より上流となるので、ヤマメがいる可能性が低くなるだろう。 そこで、今度は橋から少し下流を見ようと思った。 最初に下らなかったのは、単純に橋から下はちょっと道がなくて行きづらいからである。 だが、逃げ出したヤマメがしばらく住み着き、雨などで流された場合、少し下流にいる可能性は高いだろう。 哲也は、少々大変なのを我慢して、橋から少し川を下った。 道がないので河原沿いを歩く。 大きなゴツゴツした石や岩があるので歩きづらい。 しかし、少し下ったところに小さな滝があった。 滝と言っても、落差は50cmほどの小さなものだ。 岩と岩の間に水流が集まり、そのあと一気に落ちる。 その滝のすぐ下は深くなっているらしく、透明な水をたたえるこの川の中で、唯一底がどうなっているか見ることができない。 水が落ちているところは常に真っ白に泡がたち、いっそう水中のようすが見えなくなっている。 哲也はここだ!と思った。 もし自分がヤマメなら・・・・。 この場所に隠れ住み、上から流れてくるエサを待つのではないか? そう思った。 哲也はしばらくその場をじーっと見ていたが、急に思い立ったように、パッと立ち上がり、また大きな石がごろごろしている河原を上って端まで戻った。 置き竿を確認すると、ラッキーなことに、小さなヤマメがかかっていた。 これで6,7匹ほど確保した。 もうボウズではないし、戦利品として申し分ない数はとれたと思う。 というわけで、残り時間は1匹も釣れなくてもいいから、あの滝つぼで勝負したい。 哲也は荷物をいったんまとめると、今度は荷物を持った状態でさっきの河原を下っていくことにした。 自転車は置くところがないので、カギをかけてそのまま橋のそばの広いところに置いておく。 時間はすでに2時を過ぎていた。 帰る時間も考慮すると、まああと1~2時間ほどだろうか。 哲也はその残り少ない貴重な時間を、魚が確実に見える橋よりも、魚がいるかどうかさえわからない小さな滝で費やすことに決めたのだ。

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ②篠栗渓流ヤマメとの出会い その3

ある休日。哲也はすでに行先を決めていた。 そう、あのヤマメたちを見た川だ。 またあの過酷な山道を自転車押しながら登らねばならない。 しかし、あのヤマメが泳ぐ光景を思い出すと、そんなことは全然苦にならなかった。 哲也はまたばあちゃんにおにぎりをつくってもらい、朝早くに家を出た。 仕掛けは2通り考えていた。 ウキ釣りかミャク釣りだ。 川の深さや流れも遅いことを考えればウキ釣りが良いだろうと思っていたが、とにかく水は透き通っていたし、魚からウキが丸見えになるだろうから、警戒されたら変えるしかないと考えた。 哲也は汗だくになりながら目的地に着いた。 それから水筒にも手を付けず、とにかく急いで釣り支度を始めた。 早く釣りたい。そういう気持ちの表れだ。 エサはミミズとハチの幼虫(いずれも自宅調達)、ねりえとクリムシ(買ったもの)を準備した。 最初はねりえでウキ釣りしてみた。 最初寄ってきたが食わない。 しばらくして竿を上げるとエサが溶け落ちてる。 これじゃらちが明かないと思い、ハチの子にしてみた。 これも空振り。 クリムシもミミズもダメだった。 「見えてるからか?」 哲也はミャク釣りのしかけに変えることにした。 そしてミミズをつけ、さらにエサを投げ込んだ後は置き竿にした。 竿を持って橋に立つと、ヤマメにモロバレだろうと思い、置き竿にしてしばらくその場から離れて待つ作戦だ。 10分ほど経っただろうか。哲也はゆっくりと竿に近づいた。 「おっ。糸が張ってるぞ。」 竿をつかむとブルブルと振動が伝わってきた。 「かかってる!」 あげると銀色に輝く魚体が! そしてあのきれいなパーマークが見える。 「やったー!」 手にしたのは10数センチのヤマメだった。 その作戦で、哲也は4~5匹のヤマメを釣ることに成功した。 ただ、川の中には20センチ近いものも見えているが、かかるのは10数センチのものばかり。 そしてなかなか釣れなくなった。 さすがにせまい範囲なので、異変を感じ取って警戒しはじめたか・・・。 このとき、哲也はある疑問を持った。 どの本にもヤマメなどの渓流の魚は警戒心が強く、すぐに物陰に隠れるとか書いてあるのに、こいつらはそんなそぶりがない。実際今は食いがとまったが、最初カンタンに釣れたし。 ただ小さなものばかり釣れて、同じ場所にいる大き目のものは釣れないのも不思議だった。 とりあえず警戒心を解くため釣り場を休ませよう。 そう考えた哲也は昼食をとることにした。 時間ももう11時を過ぎている。 座り込んだ瞬間、なんか一気に疲れが出た。 そりゃそうだ。かなり長い距離、ひたすら自転車を押して登ってきたのだから。 ふうとため息をつきながらばあちゃんのおにぎりを取り出す。 またもや申し訳ないと思いながらほおばった。 おいしくてまた感謝の気持ちがあふれ出した。 塩のきいたおにぎりが、疲れた体に染み渡るようだった。 食べ終わり、再開しようとしていたところに一人のおじさんが通りかかった。 竿を持っている哲也におじさんは 「釣れたか?」 と声をかけてきた。…

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ②篠栗渓流ヤマメとの出会い その2

このコースを最初に選んだのにはわけがあった。 88か所もある霊場巡り。 それらは篠栗中にちらばっており、総移動距離はなかなかのものだ。 しかも、山中にあるものも多く、小学生で車を運転できない哲也にとってはなかなか大変な計画だ。 最初のコースはまず、家から一番遠いところ。 そして、そこがかなりの山奥で行くのはかなり大変。 それなのにその目的地周辺には88か所のうち2、3か所しか霊場がない。 道中数か所回る予定だが、それでも最も効率が悪いコースなのだ。 哲也は最初に苦労して、あとから楽する作戦をとった。 途中まで多々良川にそって登っていくが、ある地点から山のほうに向かう。 しばらく行くと、小さな川沿いを進むことになる。 これは多々良川に流れ込む支流の一つだ。 途中からかなり勾配がきつくなる。 ただ、すごくきれいな川なので見るだけでもいやされる。 ある地点で、以前釣りをしたことがあるが 本当に水がきれいで、オイカワやアブラハヤをたくさん釣った記憶がある。 「また今度釣りにでも来ようか・・・。」 などと言いながら哲也は前へと進む。 このころにはさすがに自転車は降りて押していた。 汗が吹き出す。 時々ばあちゃんが入れてくれた水筒のお茶を飲みながら進む。 しんどいが、準備してくれたばあちゃんを思うと元気が出た。 自宅から5kmほど進んだところだろうか。 ここで少しだけ大きな通りに出る。 ここからは峠になっていて、ひたすら登りだ。 めちゃくちゃきつい。 でも、帰りは相当楽だろう。 そう言い聞かせて進む。 この大きな通りを3kmほど進まなければならない。 息も絶え絶えに、必死に進み、ちょっと平らになったら自転車をこいで、また勾配がきつくなったら降りてを繰り返した。 もうしんどい・・・。 そう思っていると、小さな橋が見えた。木陰もある。 このあとは大通りからこの橋を渡って細い道へと入る。 少し広いスペースもあり、哲也は休憩しようと考えた。 11時を回っていたので、そろそろ腹も減ってきた。 「ここでご飯食べよう。」 哲也は自転車をとめ、荷物をおろした。 座り込んでおにぎりをほおばった。 ばあちゃん!ありがとう! めっちゃおいしくて、思わず感謝した。 いつも哲也のわがままで、朝から苦労かけてるなぁと思うと申し訳なかった。 食べ終わり、また進もうと思ったが、ちょっと川が気になった。 哲也は橋の上から川をのぞきこんだ。 「えっ!?」 哲也は絶句した。こんな光景があり得るのか? なんか現実か夢かわからなくなった。 その川は幅は6~7mといったところか。 そんなに広い川ではない。 そして浅い。 深いところでも30cmほどに見えた。…

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ②篠栗渓流ヤマメとの出会い その1

ヤマメは哲也の大好きな魚の一つだ。 哲也の家は多々良川という川のすぐそばにあり、釣りや魚とりには困らない環境であった。 しかし、哲也の住んでいた篠栗というところは盆地的な場所であり、三方を山に囲まれ、一方が福岡市へと抜ける通りになっている。 多々良川が近いが、このあたりは川の中流といったところだ。 フナやコイ、ナマズやオイカワなど魚種も豊富で、毎日狙う魚を変えて釣っても楽しめるほどだが、さすがにヤマメのような渓流に棲む魚はいない。 だが、ヤマメを釣ったことがないわけではない。 父に連れていってもらい、釣ったことがある。 と言っても県外の川である。 自分で多々良川の上流まで自転車で長時間かけて向かったこともあるが、それでも釣れたのはオイカワやムギツク、それにアブラハヤだ。 おそらくヤマメはいないだろう。 そう思っていた。 なので、哲也にとってはヤマメは憧れの魚だったのだ。 本などでヤマメの姿を見ては、いいなぁとため息をついていた。 父にそうそう連れていってもらうわけにもいかない。 小学生の哲也に、一人で地元から離れた遠い渓流に行けるはずもなく、ヤマメへのあこがれは強まる一方であった。 高学年のころ、哲也はふとしたことから 篠栗に「新四国八十八か所霊場」というのがあるのを知った。 もともとはこのころ歴史に興味を持ち、空海などのえらいお坊さんの存在を知って、いろいろな本を読んだり調べたりしていた。 そのとき、真偽は哲也にはわからなかったが、 篠栗に空海がやってきて、八十八か所の霊場を開いたと言われているらしいことを知った。 哲也は教科書に載るような人物が、自分の住んでる町に来たことがあると思うとわくわくした。 そして八十八か所を回ってみたいと思った。 そして哲也は、家から一番近いところにまず行って、しおりをもらってきた。 一日では無理だが、5日~10日ほどまわれば制覇できそうだった。 哲也は全部まわれるかはわからないが、とにかく一度行ってみようと思った。 最初に家から遠いところを選んだ。 理由はもちろん、あとが楽になるようにするためだ。 ある日曜日、哲也はばあちゃんに水筒とおにぎりを準備してもらった。 そして朝早めに家を出て自転車をこぎだした。 地図ではわかりにくいが、多々良川に流れ込む小さな支流にそって、山道を上っていかなければならない。 おそらく途中からは自転車がこげず、押していくことになるだろう。 それを見越しての早い出発だ。 行きさえがんばれば帰りは下りばかり。自転車なら超楽ちんだろう。 とにかくがんばって目的地に進む。 信仰心があるわけでもない男子の、気楽な一人旅の始まりである。

哲也昆虫記&哲也の福岡一周釣り行脚 予告編! 明日より新編連載開始!

ご好評いただいている!? 哲也昆虫記と哲也の福岡一周釣り行脚 明日よりいよいよ新しいお話を掲載していきます! 話自体は、自分の経験を元に、脚色を咥えながら書くので まだまだネタもあるんですが・・・。 以前にも書いたとおり、とにかく絵を描くのが進まない・・・。 絵が苦手なうえに、時間がかかる。 ついでに言うと、描くまでに勇気がいる。 というわけで、なかなか思ったように進みませんが 今回、文の構想とそれに合わせた絵がほぼ完成! 明日から久しぶりに投稿していきますので、ぜひご期待ください! 哲也昆虫記 ~ファーブルになりたかった少年~ ハンミョウ釣り編 哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ 篠栗渓流ヤマメ編 ついにスタート!

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ①三段池の野鯉 その7

「おーい。釣れるか?」 突然声がした。 振り向くと、通りがかったおじさんがこちらを見ている。 「助けてください。」 思わず哲也はそう答えた。 釣れるか?の問いに助けてくださいって・・・。 とはいうものの、このときの哲也に出せる声はこれだけだった。 何も考えず、大人が今そこにいることを認識し、自然と発した言葉だ。 おじさんはかけよってくると 「どうした?」 と話してくる。 「大きなコイがかかって、もう限界なんです。」 おじさんはすぐに哲也が持つ竿を支えた。 「おいちゃんが竿立てとくけん、ボウズはリール巻け。」 哲也はうんとうなずくとリールに手をかけた。 力はもう残ってなかったが、ものすごい安心感で満たされる。 「おいボウズ。」 今度はおじさんはふみちゃんに声をかけた。 「お前は網もってかまえとけ。」 「はい。」 そう言うとふみちゃんは網をかまえた。 本当に心強い。 竿を立てる。リールを巻く。網に魚を入れる。 本来ならこれらを一人でしないといけなかった。 これまでの状況から、このときの哲也の力ではこれは無理だった。 しかし今は助っ人が二人だ。役割までしっかり決まった。 瞬時にこんな采配をしたおじさんはすごい!と思った。 ただ、安心していいわけではない。 まだコイとの戦いは終わっていない。 哲也は握力を失った手で、再度力をふりしぼりリールを巻いた。 コイはまだ抵抗を見せるものの、重いだけで力が確実に弱まっている。 それでも今の哲也より充分強いが、体力充分かつ力持ちそうなおじさんの登場で状況は一変した。 哲也はとにかく巻いた。手はすべての指が真っ赤になっている。 それでもとにかく巻いた。 コイはついに水面に横向きになったまた寄ってきた。 やはりでかい! だがさっきほど怖くはない。なにせこちらは3人いるのだ。 哲也は二人を信じ、そして自分を信じ最後まで巻いた。 ついに手が届く距離まで寄ってきた。 ふみちゃんが狙いをすましている。 前にも書いたが、ふみちゃんは釣り勝負で哲也より釣果が良いことが多い。最大の理由は哲也と違い器用だ。 いつも臨機応変に工夫して、哲也の一歩先をいく。 それにいつも歯がゆい思いもしてきた。釣りのたび今回も負けたと思いながら帰ることが多かった。 しかし、今はそんな彼が頼もしい。 哲也は信じてそのときを待った。 シュッと網を降る音がした。 「入った!」 ふみちゃんの声が響き渡る。 コイはその頭を情けなく網につっこんでいた。 さすがの大きさのため、しっぽははみ出していたが、なんとかきれいに収まっている。…

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ①三段池の野鯉 その6

ふみちゃんという、強力な助っ人のおかげで戦意を取り戻した哲也は、とにかく夢中でリールを巻いた。 その距離はだんだん縮まってくる。 すぐそこにあの巨体が常に見えている状態になった。 終わりは近い。 二人は最後の力をふりしぼる。 弱ってるだろうが、それでもときどき水面をしっぽでたたき、抵抗してくる。 そのたびに腕に衝撃が伝わり、握力を奪う。 それでも二人は離さない。 最強のコンビだ。 もうあと5mもない。すぐそこでコイが右に左に走る。 しかし最初の力はもうない。 それにしてもでかい。 こんなものと戦っていたのか? 時計は持ってないが、おそらく20分以上は経っていると思う。 バシャバシャ! 水面が炸裂する。 コイは大きく体をくねらせ、岸に寄るのをいやがるように暴れる。 でももう年貢の納め時だ。 ついにコイの顔が水面から出た。 大きな口を開けたコイ。かなりの迫力だ。 哲也はその顔を見て再び恐怖を覚えた。 でかすぎる。怖い。 手が震える。とりこむための網をとろうと、竿から右手をはなす。 そのときだった。 カシャン! 哲也の手がベイルに当たった。 シュルシュルと糸が出る。 「しまった!」 このときにはすでに遅かった。 慌ててベイルを閉じたが、手が届きそうなところまで寄ったコイはまた岸から離れた。 糸の色から察するに10mちょっとというところか・・・。 もう握力も腕力も限界。足もガクガクしている。 はさみで糸を切ってあきらめようとしたとき以上の絶望感が襲う。 そして助っ人ふみちゃんも限界を迎えていた。 「ごめん。ふみちゃん・・・。」 「いや、いいよ。」 二人の言葉には力は宿っていない。 悟っているのだ。もう一度あのコイをここまで引き寄せる力はもう二人には残っていないことを。 今、二人が中学生くらいになっていたら・・・・。 そんなことを考えるが、現実は小学4年生。急に力は宿らない。 そして、体中の力を使い果たしている。 もう打つ手はない。 今度こそ本当にあきらめるときだ。 このまま戦っても、哲也もきついがなによりふみちゃんに申し訳ない。 三段池から家に帰るには、二人ともかなり急こう配の坂道を自転車でのぼらなければならない。 その体力もすでに残ってないほど消耗しているのだ。 これ以上は、無理はできない。 哲也は悔しさをこらえ、今度こそはさみで糸を切ろうと覚悟した。

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ①三段池の野鯉 その5

哲也は片手でなんとか竿を支え、仕掛け入れに手をかけた。 そして糸切ばさみをつかもうとした。 意を決したとはいえ、悔しくて涙が出る。 もう少し力があったら・・・。 そんなことを思いつつ、道具を探っているとまたコイがすごい速さで走り出した。 「うわぁ!」 手が離れそうになる。 慌てて竿を両手で持った。 とんでもないヒキだ。 糸を切ってあきらめることさえ許さないのか? 戦い始めた以上、最後まで相手をさせる気なのか? はさみをとるどころではない。竿を持つのが精いっぱい。 まっすぐ沖へ走ったかと思うと、今度は右へ左へと動く。 腕が悲鳴を上げている。 「てっちゃーん!」 何か呼ばれた気がした。 しかし哲也は反応できない。コイとのファイトでそれどころではない。 声がしたほうに振り向くなどできないのだ。 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、声の持ち主は駆け寄ってきた。 「どうしたん?」 声を聞いてまた涙が出た。 こんなことってある? 振り向かなくてもわかる。 釣り仲間のふみちゃんだ。 「とんでもないでかいのがかかってあげられない。」 そういうと、ふみちゃんは一緒に竿を支えてくれた。もう竿を立てることもできなかったのに、二人の力ならなんとか竿を立てることができた。 チャンスだ。哲也はがんばってリールを巻いた。 恐ろしい力だ。なかなか巻き取れない。 それどころか、ドラッグを強く締めているのに糸がじりじりと出ていく。 また絶望感が襲う。 しかし、今は一人じゃない。 ふみちゃんはよく一緒に釣りに行く仲間だ。 うでを競い合いながら釣りをするが、分は悪い。 3対7くらいの割合で大体勝負に負けている。 悔しいが、釣りのウデはふみちゃんのほうが上だ。 ただ、哲也同様からだが小さく力が強いわけではない。 それでもそんな彼が来たことは心強かった。 実はたまたまふみちゃんもこの三段池で釣りをしていたらしい。 ふみちゃんは一段目で釣っていたということだ。 三段池の二段目と三段目は細い道をはさんで隣接しているが、一段目だけ少し高台にある。 そのためお互い来ていることをしらなかったのだ。 一段目で釣ってたが、今日は成果が上がらず、場所を変えてみようと二段目に来たらしい。 そしたら哲也がいてこの状態だったというわけだ。 ふみちゃんが支えてくれる分、楽にはなったが野鯉は全然弱る気配がない。 でも哲也はそれまでほぼあきらめていたのに、今はうでがちぎれても釣り上げようと思っていた。 仲間の存在がこれほどまでに力をくれるとは・・・・。 本当にありがたかった。 がんばった甲斐があって、ゆっくりではあるがだんだんリールを巻けるようになってきた。 投げた距離がわかるように、10mごとに色分けされたラインを使っていた。 最初40mほど出ていたのだが、20mくらいまで巻き取ったようだ。…

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ①三段池の野鯉 その4

哲也は慌てて帽子を取り去ると、竿のほうを見た。 「やばい!」 竿が竿たてから抜けそうになり、竿先は水面についている。 哲也は急いで竿を握った。 もう少しで竿が池の中に引き込まれるところだった。 哲也は決して平らではない岸で、ごろごろころがる大きな石に足をとられながら、なんとか体勢を整えた。 直径5~60cmはあろうかという大きな岩の後ろに立ち、その岩で足を突っ張らせてふんばる。 そして竿を立てた。 その瞬間腕にグググググッとものすごい振動が伝わり、魚が走るのがわかる。 恐ろしいヒキの強さ。 これまで経験したことのない強さに、哲也は正直恐怖を感じていた。 そしてそれがコイだろうと思った。 それまでに20~40cmクラスの鯉を何度か釣ったことがある。 20cmや30cmクラスでも、コイはフナとは違い、強いヒキを楽しませてくれる。 40cmを超えたものがかかったときは、かなりの強さでグイグイと沖へと走られた。 そのときの記憶を鑑みても、圧倒的にそれらより力が強い。 今では考えられないほど、小学生のころの哲也は小さくやせこけていた。 当然非力だった。 竿をぐっと握りしめ、なんとか竿を立てるが、リールが巻けない。 どうすればいいんだ? と考えた瞬間、ふと引っ張られる力が抜けた。 「バレた・・・。」 ※バレる=かかった魚がはずれ、逃げられること。 そう思った瞬間、張りつめていたものが一気に抜けた。 竿を握る手の力も抜けた。 今までピンと張っていた糸がだらりとたるむ。 がっくりきたのと、恐怖から逃れた安心感とが入り混じった複雑な気持ちだった。 哲也はゆっくりとリールを巻いた。糸のたるみがだんだんとれてきた。 すると、なんか抵抗を感じた。 「あれ?なんか引っ張られた気がする・・・。」 そう口走ったと同時に、急激に糸がジグザグに動いた。 おそらく、いったん沖へと突っ走ったあと、今度は岸に向かってゆっくりと泳いだのだろう。 そのあと、リールを巻いたことでコイが引っ張られていることに気づき、ジグザグに動き出したのだ。 またあのすごい力が哲也の細腕を襲う。 「ダメだ!強すぎる!」 そんな絶望感の哲也に追い打ちをかけるように、獲物は水をドカーンと破裂させ、大きくジャンプした。 「でかい!」 とんでもない大きさだった。これまで釣ったコイたちの2倍はある。これを見てまた足がすくむ。 普通ならバシャンとかボチャンとか聞こえるんだろうが、このときの哲也の耳には確かにドカーンと聞こえた。 何かが爆発したかのような炸裂音。 また糸がたるむ。バレたかと思った瞬間またエラ洗いがくる。 もういいようにやられていた。 哲也はとにかく竿を立てて、魚が向かった方向に体の向きを変えるだけで精一杯。 岩の後ろでなかったら、竿ごと自分も水中にドボンだ。 うでがしびれる。 小学生の哲也には、もううでが限界だった。 これは勝てない・・・。 こんなチャンスは二度とないかもしれない。 しかし、残念ながら今の哲也にはどうすることもできない。 哲也は非力さに涙があふれてきた。…

哲也の福岡一周釣り行脚 ~三平にあこがれた少年~ ①三段池の野鯉 その3

そよそよと風が哲也の髪をなでる。 哲也はなかなか音が鳴らない鈴を、焦りと不満からうらめしそうに眺めた。 静かだ。ただただ静かだ。 車道から遠いわけではないが、なぜかほとんど車が通らず、人も来ない。 長い時間池にいると、なんらか魚が跳ねたりして音がするものだが、そんな音も入ってこない。 このまま永遠に静寂が続くのではないか?との錯覚にとらわれる。 ほんの少し前まで、釣れない状況を打破したいと、あれこれ策をめぐらせていたのに、なんかそれさえも面倒くさい。 少しふてくされたように、哲也はまた帽子を顔にのせ、鈴が目に入らないようにした。 そして目をつぶった。 そのうちうとうとしはじめていた。 チリンチリン。 かすかに鈴の音が鳴った気がした。 しかし音が小さすぎる。魚がかかったのならもっと大きな音がするだろう。 泳いでるマヌケな魚が糸にぶつかったんだろう。 そんなことを考えて、哲也は再び目を閉じた。 チリンチリン。 今度は間違いなく鳴った。さっきより大きな音だ。 哲也は慌てて体を起こすと、竿先の動きや鈴に注目した。 アタリかもしれないが、必ず魚が針を咥えるとは限らない。 慌ててリールを巻けば、針を飲む前にしかけを上げてしまうことになる。 吸い込み釣りの獲物は、もちろんコイの場合もあるが、正直確率は低い。 そのほとんどがフナである。 経験上、フナがかかった場合は次の2つのパターンが多い。 1つは鈴が鳴ったあと、ガチャガチャとさらに音を立てながら、竿を引っ張る場合。 この時はすぐにかかったとわかる。 もう1つは鈴が鳴ったあと、糸がだらんと張りを失い、鈴の音がとまる。 おそらく針にかかったあと、岸に向かって泳いだものと思われる。 哲也は竿先をじっとにらんでいた。 本日初のアタリかもしれない。 竿を引っ張るのか?糸がたるむのか?それとも針を咥え込まず、エサだけ堪能して逃げるのか? 哲也は待つしかない。 ただただ竿先をにらんだままの時間が続く。数分経っただろうか? 音はならない。 「ダメか・・・。」 哲也はあきらめたように、竿から目を逸らせた。 今日はダメは日なんだろう。 今のエサは投げ込んでまだ10分ほどだ。 えさが溶け落ちるまでおそらく30分かかるかかからないかくらいだろう。 哲也は時計を見た。 「よし、あと20分したら帰ろう。」 そう決めた瞬間! ガチャン! ものすごい音がした。